電化直前の布原付近

今回は昭和57年6月の電化直前、伯備線布原信号所付近でのネガから・・撮影はこの年の春ごろと思われる。 なお、すべてモノクロ写真だ。 布原近くの西川橋梁を下り特急「やくも」が行く。 その列車の食堂車、キサシ181、所要3時間少々の列車ながら食堂車も営業していた。 キハ20を先頭にした伯備線列車、キハ20・55・25・47・最後尾はキユニ26だ…

続きを読む

別府鉄道、終わりの記憶。

別府鉄道に関してはこのブログではこれまでに何度も出してきたし、ウェブページも作成してきた。 「別府鉄道、明姫幹線付近」「12枚撮りに写った別府鉄道」「別府鉄道のデラックス編成」「別府鉄道との出会い」 当時、加古川に住んでいた僕にとって、別府鉄道は、初めて興味を持って乗るためだけに行った鉄道であり、山陽本線、山陽電鉄、加古川線、高砂線と並んで鉄道趣味活動を始めたごく初期に撮影した鉄道でもある。…

続きを読む

終焉へ向かう夜行列車への考察

 このテーマではできるだけ新年になる前に済ませておきたかったのだけれど、多忙を言い訳についに大晦日になってしまった。 大半の読者が新年にこれを読まれることを思うと、新年早々夢のない話・・と言われかねないが旧年中にアップした記事であり、新年は少しでも希望のあるほうへ向かってほしいとの意向であることをご理解いただければと思う。 僕自身、国鉄時代には数え切れないほどの夜行列車に乗車した…

続きを読む

山陽3000系全編成健在の記録。

山陽電鉄に20年ぶりの新型車で18年ぶりの新車、6000系がまもなく登場、うわさでは既存車両の大幅な入れ替えが近くあるといわれている。 そこで、今現在、山陽電鉄の主力車両として活躍する3000系のすべての編成がそろう最後の時期であり、高度経済成長期を支えた、中小私鉄としては最多の両数を誇るこの系列の全編成の様子をここに記憶としてとどめておきたいと思う。 山陽3000系は昭和39年、神戸高速鉄…

続きを読む

Photo Archive 想い遥かな餘部駅・余部鉄橋。

冬が近くなると山陰への思いが募る。 それも、鉄橋時代の餘部、余部橋梁へ・・今回は未公開写真も多く出しながら、改めて余部橋梁への想いをつづってみたい。 初めて餘部に行ったのは昭和54年頃か・・国鉄寮の仲間と向かったのだが、当時は姫路始発の急行「但馬」があったように思う。 DD51牽引の普通列車を見上げる。 特急列車、キハ80系6連。 雨の日、客車を牽いてDD51が接近する。 …

続きを読む