祝園あたり、昭和50年代。

近鉄京都線と国鉄片町線が並走する、国鉄の祝園、近鉄の新祝園辺りが面白そうだと、何度か撮影にいった。 よく行く大阪線の長谷寺付近とは異なり、特急列車も短編成だったが、狭幅特急車も走るなどの面白みはあった。 10100系、新ビスタカーの奈良特急。 18000系ツリカケ特急車。 18200系、ミニエースカー。 18400系ミニスナックカー。 通勤車両も近…

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垣間見る東京の電車。

前回の伊豆箱根の続きだ。 小田原から小田急ロマンスカーで東京入りした時の写真。 時期がずれているものもあるがご容赦願いたい。 今も昔も、僕は東京の電車では京急、京王が大好きで、上京の度に立ち寄っている。 (その分、西武、東武、京成が等閑になってしまった) 京王の電車。 今でいう「乗り鉄」で、まともに列車の写真を撮影しようとした形跡は見られない。 すでに特急は6000系になってい…

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昭和56年、伊豆・箱根・ロマンスカー。

昭和56年(1981年)というが、実は出てきた写真の中には明らかに撮影時期がずれているものがあることをまずお許し願いたい。 伊豆急行の1000系、伊豆箱根の3000系、国鉄185系の急行運用、これらがすべて揃うのが昭和56年ではある。 大阪駅から20系客車の急行「銀河」に友人たちと乗車した。 「銀河」は三島に停まらず、沼津か熱海で降りるしかない。 写真を見ると沼津で降りたようだ。 …

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加悦鉄道、鉄道営業の記憶

加悦鉄道の在籍車両のすべては、今も「加悦SLの広場」で見ることができるし、一部は動態保存もなされ、時としてイベントで動く姿を見ることもできるので、「思い出」としてはそれほど珍しいものではない。 だが、今の加悦駅舎があるのはかつての鉱山駅跡地であり、加悦駅はかつては町の中心部にあった。 ここでは、営業していた当時の加悦鉄道をしのんでみたいと思う。 初めて訪問したのは京都からの急行列…

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名古屋の鉄道・昭和51年。

初めて友人同士で旅をしたその行先が名古屋だ。 今回はそのときの名古屋圏での撮影から。 最初の名古屋訪問は加古川から快速電車で岐阜へ降り立つ・・今の僕の旅行の原点?のようなものだった。 当時の京阪神快速電車は113系初期車で、狭いシートピッチも当たり前の感覚、グリーン車は付いていたけど、そんなところにお金などかけない「健全さ」だった。 乗り換えの米原駅から。 ホーム端で眺められた名物ディー…

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