加悦鉄道、鉄道営業の記憶

加悦鉄道の在籍車両のすべては、今も「加悦SLの広場」で見ることができるし、一部は動態保存もなされ、時としてイベントで動く姿を見ることもできるので、「思い出」としてはそれほど珍しいものではない。 だが、今の加悦駅舎があるのはかつての鉱山駅跡地であり、加悦駅はかつては町の中心部にあった。 ここでは、営業していた当時の加悦鉄道をしのんでみたいと思う。 初めて訪問したのは京都からの急行列…

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加古川市、野口駅辺り

今回は国鉄高砂線と別府鉄道の共用駅、野口駅だ。まずは昭和50年ごろの様子から・・ 野口駅は出来たばかりの加古川市役所のすぐ東、当時は未だ田園地帯の真ん中にあった無人駅で、改札も駅舎もなかった。 別府鉄道、機械式気動車キハ2がやってくる・・ キハ2が田圃の中、近づいてくる。 キハ2が踏切を通過する。 高砂線はキハ20とキハ35、2連だ。 遠望。この地には目印…

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昭和51年京都駅。

今回はカテゴリー「国鉄の思い出」だけれども、登場する写真は近鉄のほうが多い・・当時の僕の目線が私鉄に向けられていたからか・・ご勘弁ください。 霧の朝、京都駅には実にさまざまな列車がやってきた。まずは国鉄から。 485系「雷鳥」が当時日本一のホーム長さを誇った京都駅1番線に入線・・サロ2両にサシ込みの485系関西統一編成。 山陰線ホームにはDD54の姿。二次型DD54 6号機。 こち…

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山陽電車と国鉄高砂線の加古川橋梁

国鉄山陽本線の加古川橋梁が出てきたついでに、そのずっと南、加古川河口に近い二つの加古川橋梁を見ていただきたいと思う。山陽電鉄本線と国鉄高砂線の加古川橋梁で、この二つの橋梁はすぐ横に並んで架けられていた。今回のカテゴリーは「私鉄の思い出」とさせていただくけれど、これは山陽電車のほうが写真が圧倒的に多い・・つまり、列車本数がそれだけ違うことからそうさせていただいた。 撮影は昭和51年ごろからのもの…

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