下津井電鉄、小さな主役モハ1001号

下津井電鉄の鉄道線が、児島から先っぽだけ細々と営業していた頃、時々、ドライブがてら見に行ったものだ。 僕は下津井電鉄の風情は大変好きで、前にも一度、本ブログでも取り上げているけれど、今回出す写真はあくまでも散歩的な訪問のものであり、個性溢れる各車両の写真などはごく一部しか出てこない。 主人公は、モハ1001号だ。 何度か訪れたものがごっちゃになっているが、まずはカラー写真から。 場所…

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岡山臨港鐡道覚書

岡山臨港鉄道(タイトルでは正式な社名を記載させていただいた)は以前にも取り上げているが、写真が不鮮明な初期のスキャンであるし、記憶の中のごく一部しか記さなかったので、今回、改めて取り上げることとした。 初めての訪問は昭和52年ごろか、下津井電鉄と同時に訪問したのだが、当時は列車本数が少なく、なかなかプランを組むのに苦労した思い出がある。 (今のように路線バスの時刻も検索で手に入ることもなく、…

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山陽850形さようなら運転の日ほか。

1983年と記録されている山陽850形のさようなら運転、僕は友人たちとその列車に乗る幸運に巡り合えた。 その日、幸運な乗客たちに特別に東二見車庫の公開が行われた。 今回はその写真だ。 まず、引退の日を飾ってもらえた855の編成。 288・854・855の三連だ。 同じ850形、一足早く運用離脱した852・853だが、270形との連結で中間車化されていた運転台側がみられた。 乗…

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長崎の夏は暑かった。

今からちょうど30年前、国鉄を退職前提の休職としていた夏、九州への旅をした。今の夏とさして変わらない猛烈な暑さの夏、とりわけ長崎はとにかく暑かった。(ただ、この旅行で、僕がどういうルートを取ったかが記憶にない。すでに愛用の夜行急行は全廃のあと、アルバムには芸備線のあとにいきなり甘木線、そして長崎が写っていて、さて・・新幹線で九州入りしたのだろうか) なお、長崎の「冬」はこちら。 撮影後30年…

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昭和58年、南海電車大和川あたり

夏の暑い日だったと思う。 なぜにここを訪問したかは覚えていないが、その日の暑さだけは記憶にある。今回は主に高野線、阪堺線だ。(なお、前にも書いたが本ブログでは南海電鉄の車両で高野線6201系までの系列については、末尾の数時1の系列名を、本線10000系以降の系列については末尾の数字を0にした系列名を採用している。また今回、サザンの10000系車両は登場しない) 当時の主力、6001…

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