昭和54年頃、餘部駅

撮影時期ははっきりしないが走っている列車の雰囲気から昭和54年頃かと思う。 山陰本線餘部駅、本日は橋梁ではなく駅の風情だ。 季節は秋だろうか。 モノクロ故、色がつかぬモノクロゆえ、想像するしかないがこれもその場の雰囲気からしてそうではなかろうか。 DD511171牽引の客車列車が長い橋梁を渡ってくる。 機関車の次位はスユニ50、その後ろはマニ36だろうか。 機関車が僕…

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117系営業運転開始の日

昭和55年1月22日、今調べるとこの日は火曜日で、当時の国鉄は特に人集めにも熱心でなく、いや、むしろ混雑を避ける意味合いだったのか、平日に画期的な電車の運行を開始した。 僕は高砂工場を年休で休ませてもらい、鷹取工場の数人と大阪駅9時15分の始発新快速姫路行きのホームにいた。 なおこの日のことは以前のこのブログに5年前に出しているが、今回はその当時のネガが出てきたことで、周辺の写真も含め紹…

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Photo Archive:客車列車の消えた年

今、2016年の大晦日の夜・・まもなく2017年を迎える。 この時にあたり、2016年、日本の鉄道にとって最も大きな事件は何だったのだろうかと考えているのだけれど、、確かに北海道新幹線開業、留萌線部分廃止といった大きな社会的な話題はあったが、僕が最も深く感じ入っているのは「客車」列車の廃止・・である。 鉄道はその創業のころ、馬車を進化させた客車列車から始まったのは間違いのない事実であり、機関…

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Photo Archive キハ28・58系

昭和30~40年代を描いたドラマや、映画、あるいはカラオケ映像などで当時の鉄道の代表的な光景として登場することが最も多いのがこの系列だろう。 基本に忠実に、そしてしっかりとした耐用性と旅客サービスの確保、コストダウンを目指した系列でもあり、一時は日本中でその姿を見ることができた。 本ブログでもこれまでもたびたび取り上げてきたけれど、今回は未発表の写真も少しいれて「Photo Archive」…

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35∼40年前の宝殿駅付近

はじめに:本ブログではブログサーバー側の事情により、IEでは「互換表示」をON、本ブログのアドレスを加えてご覧ください。Microsoft Edgeでは正しく表示されません。またスマートフォンでは「スマホ専用画面」でご覧ください。 前回に引き続き、今度は加古川の一つ西にある山陽本線宝殿駅だ。宝殿についても過去に何度も取り上げている。「宝殿駅」「宝殿駅西、法華山谷川付近」「宝殿駅、留置車両と列車…

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