2020年08月08日

列車から前や後ろを見るということ

列車と言うのは、特に長距離列車は、昔は機関車牽引列車が中心だったから、客車から前方を見ることができない。
けれど、例えば路面電車でも運転台横のポールにしがみついて前方の景色を見るのを好む人は、鉄道ファンであるナシ、老若男女問わず存在しているし、特に子供の頃には誰しも思い出のあることだと思う。

走っている列車から前を見たい・・それは人間の本質的な欲求かもしれない。

国鉄では後方の景色を見る車両、展望車が存在した。
前を見られないなら後ろをということでもなかろうが、国鉄客車の展望車は、いわばステータスとしての存在、乗車するのは相応の社会的地位が必要であり、誰しも気軽にと言うわけにもいかなかった。

今、JR西日本に一両存在するマイテ49、その現状を少し。
展望室の室内、洋式であり比較的簡素な室内だ。
マイテ展望室.jpg

外観、網干総合車両所での公開時。
マイテ全景.jpg

回送時の大久保駅にて。
0927土山マイテ4927展望室側全景2.JPG

JR東日本、大宮の鉄博に展示されているマイテの車内。
桃山式の重厚な雰囲気が可能な限り復元されている。
0726鉄博マイテ車内.JPG

大井川鉄道ではマイテを模した改造展望車が存在する。
スイテ82、新金谷にて。
0801新金谷展望客車.jpg

だが、やはり列車の前方を見たい。
運転士の特権でもあるのだが、そこを道楽で、座って出来れば酒でも呑みながら眺めたいと・・それを実現した電車が昭和30年代に登場した。
国鉄では組合運動が盛んで運転席後ろのカーテンを昼間でも閉めてしまって、立ってでも前方を見たい客への配慮など存在しなかった時代にだ。

昭和36年、名鉄7000系パノラマカー、本邦初、前面展望電車の登場だ。
名鉄東笠松7000急行岐阜.jpg

ごく普通に通勤電車にも運用される名鉄の大看板。
国鉄は運転台を上層にあげて151系を登場させたが、まさかのその一階部分を展望席にしてしまった電車、しかも日本車輛と名鉄の良心ゆえの設計、乗客の絶対安全を図るために、ショックアブソーバを組み込んだ標識灯のデザインは、踏切事故多発の時代にあって乗客の死亡事故ゼロの金字塔も打ち立てた。
写真は中京競馬場の保存車。
保存7028展望室ひじ掛け.JPG

展望室の全景。
保存7027展望室室内.JPG

さらに高性能7500系も登場、名鉄は一時期、パノラマカーの我が世の春を迎えた。
名鉄7500急行東笠松正面下り.JPG

7500系パノラマカー営業時の展望室の様子。
名鉄7504車内.JPG

前面を見たい人は、その時の速度も気になる。
スピードを売り物にする名鉄はそこに速度計を設置。
パノラマカー速度計.jpg

今、悔やむことのひとつに、この展望席に夜間に乗り、流れる夜景を見ることをしなかったこと・・・
S55ひがし笠松7000白帯流し.JPG

もしもレプリカでもこの電車が復活してくれたら、日本最強の観光電車になるのにと無茶な思いが募る電車だ。
名鉄7500流し東笠松.jpg

少し遅れて東の小田急でも前面展望の電車が登場した。
NSEの愛称で知られる小田急3100形、こちらは特急券が必要な、いわば「晴れの日」の電車でもある。
晴れの日の家族が記念写真に興じる新宿駅。
S56小田急NSE新宿家族.JPG

冷房機能強化、箱根登山線での様子。
小田急NSE.jpg

西の横綱、近鉄は展望車には多大な興味を持っていたようだが、近鉄は中間車のダブルデッカーを好んだ。
VistaCarの登場だが、そのうちの前面貫通タイプでは助手席側の窓を大きく広げ、前面展望にも配慮した。
国鉄が151系を登場させた翌年、昭和34年のことだ。
近鉄10100C祝園 (2).jpg

昭和55年、小田急では長年、トップの座を君臨してきたNSEに代わってLSEが登場。
1980小田原LSE.jpg

後年の色調変更後の様子。
2005鶴川LSE.JPG

昭和58年、僕も工事に携わった大阪鉄道管理局の「サロンカーなにわ」が完成した。
国鉄伝統の後部展望車を有する7両編成、車体は14系が出自なので側面はほとんど変更されていないが、両端の展望車は大きくイメージを変えた。
これには、車掌室側を編成の内側とし、トイレ洗面所を撤去の上、そこに展望室を設置するというものだった。
サロンカーなにわ完成高砂.jpg

完成時の「なにわ」展望室、ビュッフェとして使えるように厨房機器も備わっている。
新高砂なにわスロフ14703車内展望室web用.jpg

最初の公式試運転。
サロンカーなにわ野口.jpg

最近の様子。
サロンカーなにわ現代大蔵谷駅.jpg

現在のサロンカー車内。
1111なにわスロフ14703車内.JPG

もう片方の展望室、半室になっている。
なにわ展望室.jpg

この時期、12系などを改造した各地のジョイフルトレインで展望室を持つ車両も増えてきた。
写真は「なにわ」と競作になった東京の「サロンエクスプレス」
サロンエクスプレスTOKYO安土.jpg

昭和59年、名鉄はさらに斬新な前面展望車両を登場させた。
8800系「パノラマDX」だ。
機器類こそ廃車にされた7000系中間車のものだったが、世間をあっと言わせ斬新な車体は、従来のパノラマカーの真逆を行く、一階運転台、二階部分に展望室を設けるというものだった。
名鉄8800系2連犬山橋カラー.JPG

その展望室の車内。
ハイデッカータイプの展望室は新たな景観を生み出した。
名鉄8800展望室.JPG

これで名鉄は新たなスタンダードを世間に公表したことになる。
やがてこの車両は中間車を増結、一般の有料特急として運転されることになる。
名鉄8800犬山橋3連.jpg

その翌年、この名鉄の流儀にいち早く飛び乗ったのが国鉄だ。
北海道でアルファコンチネンタルエクスプレスを登場させ、さらに「ゆぅトピア和倉」としてキハ65を使用、85系にぶら下がって運転できるようにした画期的な改造展望気動車が登場。
ただし、国鉄の前面展望はあくまでも運転席を介した展望である。

昭和63年、JR西日本は「エーデル」シリーズを展開し始める。
大出力エンジン、空気バネ台車を採用したキハ65を改造し、定期列車として走らせる。
第一弾が「エーデル丹後」、485系→改造183系に連結可能な気動車で前面展望
エーデル丹後大江.jpg

特急「北近畿」に連結された「エーデル丹後」
エーデル丹後と北近畿.jpg

第二段が「エーデル鳥取」
電化なった山陰線だが非電化区間への直通用として改造された。
エーデル鳥取.jpg

第三段が「エーデル北近畿」
改造工事の手を重ねるごとに、その内容が簡略化されていったのは如何にも国鉄→JR西日本らしいと思う。
中間車には増結用の簡易改造車も見える。
エーデル北近畿丹波大山.jpg

余部橋梁を行く「エーデル北近畿」
餘部遠望エーデル4連 (2).JPG

昭和62年、「みやび」を前年に失っていたJR西日本が究極のお座敷客車、「あすか」を世に送り出した。
サロンカーは中間車になったが、両端の展望客車も存在し、国鉄伝統の後部展望車を現代流に発展させた感じだ。
あすか展望網干.jpg

その展望席。
あすか展望室.jpg

ついでに特徴的な客室も。
1103網干あすかお座敷車内.JPG

トワイライトのもとになったとも思える中間車のサロンカー。
1103網干あすかサロン車内.JPG

昭和62年、小田急は前面と側面双方の展望をいずれも重視したHiSEを登場させる。
小田急HiSE2005B (2).jpg

この車両も画期的な取り組みだったが、バリアフリー化の時代、ハイデッカー構造が障壁となり、結局は早期の廃車の憂き目を見ることになる。
ただし、ごく一部の車両は今も長野電鉄で健在だ。
0715長野電鉄朝陽1000系S22.JPG

つい先日に所用があり長野へ行った折りの空き時間で撮影した。
0715長野電鉄朝陽1000系S2後追い.JPG


昭和63年、本気でパノラマ新時代を考えていた名鉄が「パノラマスーパー」1000系を登場させた。
パノラマDXの構造を基本に、さらに磨きをかけ、また白帯7000系に代わる通常の有料特急としての登場だ。
名鉄1000系4連犬山橋.JPG

登場後ほどなく一般席車と混結となり、当初はSR系と連結して運用された。
名鉄乙川1000・7000.jpg

パノラマカー7000系とパノラマスーパー1000系の連結運用。
名鉄乙川1000・7000斜め.jpg

何度も出している写真だがまさに電車のKISSだ。
名鉄乙川7000・1000.jpg

このあと、パノラマスーパーは3ドアの一般席車1200系と組むように変更され、その後さらに特急政策の変更により余剰となったものは廃車され、今に至るのは前回の記事の通りだ。

パノラマスーパーの現在の展望席の様子を今一度。
010505岐阜名鉄1000展望室.JPG

豊橋駅に着いた時の様子。
010506豊橋名鉄1000展望室.JPG

だが、この後が続かない。
名鉄の前面展望車の歴史は一般席車である5700・5300系にも受け継がれはした。
H2名鉄5700犬山.JPG

運転席後部の展望席。
0106河和5700車内先頭5801.JPG

末期の頃、河和線富貴で5300・5700が並んだ。
名鉄5704・5305富貴.jpg

乗客のための速度計も最後まで現役だった。
名鉄5701速度計.jpg

3500系一般席車にも大きな前面窓が使われ前面展望の名鉄・・は僅かながら生き残った・・
名鉄3500犬山橋2002.jpg

名鉄の前面展望の歴史は現在のところはこれで終わったことになってしまう。
名鉄が誇る空港特急「ミュースカイ」では各車両の客室仕切上部にモニターがあり、案内をしないときはここに前面展望映像とその時の速度が表示されるのが僅かに名鉄が「前面展望」を守っていると言えなくはない。


前面展望車を出さない名鉄に対し小田急はその後も展望室を持つ特急車両を開発している。
平成17年のVSE。
2004小田急VSE町田.JPG

そして得意の連接構造を辞めながらも、名鉄のお株を奪った赤い展望特急GSE。
0224小田急町田GSE1.JPG

いやいや、西の横綱、近鉄でも運転席越しではあるが前面展望を確保した特急車両が相次いで開発されている。
平成2年製造の「さくらライナー」26000系。
1122さくらライナー吉野.jpg

その最前列の様子。
1122さくらライナー運転台.jpg

平成24年の「しまかぜ」
近鉄しまかぜ高安.jpg

展望席は大人も子供も楽しめる空間だ。
かつての名鉄のように特別な料金が不要で誰でもそこを利用できるというのは、確かに理想だろう。
だが、鉄道にはラッシュもあり、そこを考えないとかえって大多数の乗客から迷惑がられるかもしれない。
(名鉄7000・7500系の場合は床面積の拡大という意味においてラッシュにも貢献していたとも考えられるが)
名鉄7500前河和線1.jpg

前面展望のできる電車が並ぶ。
名鉄新岐阜5700急行・7000特急.JPG

パノラマスーパーから展望席から撮影したパノラマスーパー1031F・・
010506①000車内から名鉄1531.JPG

特別料金くらいなら払ってもいい、そこでゆったりと前面展望を愉しみながら、出来れば缶ビールでもゆっくりと味わいたいもの、そんな列車がJRや名鉄にあってもいいと思うのだが。。。
S51パノラマカー先頭展望.JPG


posted by こう@電車おやじ at 22:38| Comment(6) | 国鉄・私鉄双方の思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
全面展望に拘った車輌と云うか会社なら、一つお忘れですよ。
私が云うのだから……、はい、あそこです。
京浜急行600形、2100形の運転台直後の展望シート!
オタシートとかお子ちゃまシートとかの別名はあっても、結構皆さんそこそこのご利用で、それはあの席を普通のロングシートにせよとの声は皆無です。
Posted by あづまもぐら at 2020年11月28日 22:09
あづまもぐらさん>

そこ、何度か乗りました。
まさしく仰る通りですね。
失礼しました、、、、
Posted by こう@電車おやじ at 2020年12月25日 06:05
江ノ島電鉄20形、500形、更新2000形もお忘れ無く(笑)。

しかし、それはそれとしても、小田急VSE車の行く末が気になります。車体傾斜装置の調子が悪いそうで、ホームドアとの整合もあり、短寿命に終わりそうな感じですね。

国鉄ナハネフ22形は、後ろから見て左半分が展望室になっていたそうですが、眺めはよかったのでしょうね。
Posted by すぎたま at 2021年03月31日 02:43
>すぎたまさん

小田急VSEの調子がよくないというのは初めて伺いました。
いずれ、JR西式のワイヤー式ホームドアでも導入しない限り、連接特急車は難しそうですね。

ナハネフ22、眺めは良かったですが、室内造作というものがなく・・殺風景でしたね。。。。
Posted by こう@電車おやじ at 2021年06月08日 21:57
こんばんは。
鉄道会社の乗客に対する“親切”や“良心”のようなもの、どうしても経営面からすれば後回しにせざるを得ないと思いますし、昭和の全盛期の名鉄が特殊だったようにも感じます。
運転士さんと同じ目線で列車の進む先を見られるということが、鉄道の旅を楽しくしたり、忘れられない思い出を残したり、とても大切なことと思いつつも、そのような車両はなかなか出てきません。
やはりパノラマカーがあまりにも飛び抜けた存在だったのではないかと思ってしまいます。
鉄道も均質化が進んでいるように感じますし、これから先、同じような車両に出会えるのか、静かに待ち続けたいと思っています。
Posted by 風旅記 at 2023年11月24日 22:22
>風旅記さん

積極経営、理想に燃えた経営は破綻し、名鉄は多くの路線を廃止せざるを得なくなり、転換クロスはロングシートに変えざるを得なくなる・・
それでも今の名鉄にもかつての理想に燃えた意気込みは残っていると、ワタシも信じています。
Posted by こう@電車おやじ at 2023年12月23日 22:44
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