国鉄高砂工場、郵便・荷物車の記録。

前回に引き続き国鉄高砂工場内部での写真で、今回は郵便車・荷物車だ。
これまでにも公開した写真が多いが、すべて再スキャンした。
また旧ブログですでに国鉄高砂工場シリーズは完結していたが、改めて新ブログでも記憶をたどり、出てきたネガを加えてたのでご覧いただきたいと思う。
なお、画像によりサイズが異なる場合があるのは作業の事情による。
また、当時はまともに記録をとっておらず、あいまいな記憶しかなく、間違い等があればご指摘いただきたいと思う。

まず、オユ10から・・
高砂工場ではオユ10の完全冷房化を目指して冷房改造工事を施工していたが、途中で郵便輸送から撤退、すべての郵便車両が廃車と決まり、冷改直後のクルマも廃車となった。
最初はその車両たちの怨念が聞こえてきそうな廃車解体場の風景から。
新高砂工場オユ10ほか廃車群.JPG

オユ102579、冷房改造施工済みだ。
新高砂工場オユ102579冷改.JPG

オユ102578、こちらも冷房改造施工済み、オユ10の冷房改造は基本的にはスロ62などと同じく、屋根部分をすべて撤去して、新たに作成した屋根ユニットをはめ込むという大掛かりなものだった。
上記写真と合わせ、オユ10の両側面を見ていただければと思う。
新高砂工場オユ102578改.JPG

オユ102034、こちらは非冷房、原型の姿。
新高砂工場オユ102034.JPG

冷房改造された区分け室の様子。
天井照明は白熱灯で、冷房改造され、白いデコラ張りの天井に白熱灯が灯る不思議な雰囲気だった。
新高砂工場オユ10冷改区分室.JPG

スユ132038、郵袋輸送用のクルマでそのサイド。
新高砂工場スユ132038サイド.JPG

その全景。
新高砂工場スユ132038全景.JPG

スユ132029。
新高砂工場スユ132029.JPG

スユ132039。
これでスユ13も両側面の様子を。。
新高砂工場スユ132039.JPG

スユ13の車内。
区分け室がないのでシンプルだ。
新高砂工場スユ13車内.JPG

スユニ50、番号不明。
高砂担当には珍しい客車で、50系一員。
ただし、台車は旧車からの流用。
新高砂工場スユニ50.JPG

マニ・・・純粋に荷物車として新製されたクルマは少なく、大半が旅客車両からの改造車だ。
マニ362058、小さな窓はこのクルマが優等車であったことを物語るのか。
新高砂工場マニ362058サイド.JPG

マニ36の全般検査入場、そのための解体工事の様子。
新高砂工場マニ36全般検査解体.JPG

全般検査施工中の車内の様子。
荷物車と言えど、高砂では手抜きはあり得ない。
新高砂工場マニ36全般検査車内.JPG

マニ36304、オハ35系の戦後型優等車の面影が残る。
新高砂工場マニ36304キト.JPG

番号不明、マニ36の妻部。
新高砂工場マニ36妻.JPG

マニ60、こちらは鋼体化客車を基としたシリーズだ。
明らかにオハ60からの改造と分かるマニ60140。
新高砂工場マニ60140.JPG

マニ602218、全般検査のための解体施工。
新高砂工場マニ602218全般検査解体.JPG

マニ602416、当初からマニとして製造(鋼体化)されたクルマ。
窓割が美しい。
新高砂工場マニ602416.JPG

マニ602377が全般検査のための解体を終えてキハ80と手をつないで入場待ちの様子。
新高砂工場マニ602377・キハ80.JPG

マニ612203、こちらも当初よりマニとして製造・・隣に廃車のキハ36が並ぶ。
新高砂工場マニ612203.JPG

そのマニ612203、カラー写真。
これほどに美しい荷物車両が他にあろうか。
新高砂工場マニ612203カラー_001.JPG

例外・・ワキ8000、貨車の部類だが荷物車と一緒に運用されるものは、部内では客車の範疇に入っていた。
したがって全般検査も旅客車職場施工。
新高砂工場ワキ8000.JPG

解体場に並んだマニ37ほか、荷物車両群・・
新高砂工場マニ37ほか廃車群.JPG

国鉄の郵便。の持つ輸送からの撤退は工場には知らされず、いきなり実施された感がある。
工場はそれを知らず、丁寧に全般検査を施工し、オユに至っては冷房改造も施工していた。
いや、スユ16やマニ50などという、まっさらの新車すら存在していた。
国鉄改革の迷走による被害者が彼ら、オユ、スユ、マニ一党だと言えるのではないだろうか。

この記事へのコメント

  • 風旅記

    こんばんは。
    今日も興味深く拝見させて頂きました。
    荷物車や郵便車は実際に走っているところを見たことはなく、様々な記録で拝見するばかり、私にとっては謎めいた存在でもあります。
    こちらの記事で、そのような車両も等しく手入れがされていたことを新鮮な気持ちで拝見しました。
    郵便車は車内で作業をするためでしょうか、旅客用の車両がまだ完全には冷房化されていなかったであろう時代に先んじて完全冷房化を目指していたというお話も、興味を惹かれます。
    郵便屋層からの撤退もまた、国鉄の衰退の一つの場面に映りますが、手をかけてこられた現場にしてみれば思うところもあったことと思います。
    今では殆ど車両が残っていないのも寂しいものですね。
    風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/
    2017年03月16日 23:28
  • こう@電車おやじ

    >風旅記さん

    いつもありがとうございます。
    一部、救援者代用や保存車として現存するだけでしょうか。

    郵便者の区分け室は郵便物が風で飛ばないように、外の風を入れることができず、扇風機も一定の方向でしか使えません。
    それゆえ、冷房化は郵政省職員のためには絶対、必要だったのでしょうね。
    2017年04月28日 23:13