秋のドライブ鉄散歩、加古川・加西。

昭和63年だったと思う。
国鉄を退職、阪急六甲の写真スタジオに弟子入りして、休みの日にふらりとクルマでドライブに出かけた。しかし、そのクルマはまもなく手放し、以後は僕は結婚するまで自家用車を持たない身になったその前の写真だ。
(この頃の写真は他にもいくつかあるので機会を見て出していきたい)

 

2000b_2

さて、最初に行った場所は加古川河畔、それも南端の山陽電鉄橋梁だ。
3050系ニューアルミカーが川の中ほどで、2000系トップナンバー編成と出会う。

 

20003078_2

三菱製紙の煙突が印象的な、ススキ、セイタカアワダチソウ、ヨシからなる秋の河原だ。

2000c

2000Fの編成が見渡せる。
まもなく引退する2000系が最後の踏ん張りを見せていた。

2011

尾上の松方向から2011がやってくる。
ステンレス無塗装、2ドアという特徴的な車体だ。

2010

その編成、2010Fの後追い。
ステンレス無塗装のコルゲート付き2ドア車体はサロ153のほかにはあまり例がなく、こうして見るとやはり美しい。

僕は個人的には過去現在を通して、山陽が作り上げた電車の中で最も美しい電車であると思っている。

3012

旧塗装の3012F。

3028

こちら3028・・当時は3550形を挟み4連だった。

3050

3050系、新旧塗装が出会う。

30503000

こちら、3000系と3050系、新旧塗装の出会い。

3050_2

その3050系、旧塗装編成が去る。

3051

3051号とセイタカアワダチソウ。

3554

こちら新塗装だが2000系改造編入の3554号。

5012

まっさらの5012F、相次ぐ5000系の大量増備で釣りかけ車を一気に置き換えたところ。

5603

こちら後追いの5603号。

すこし北へ歩き、新幹線の線路を眺める。

Tec0

折よく0系先頭車のサイドビュー。
しかも、すでに珍しくなりつつあった大窓車だ。

Tec0_2

その編成、長い16連が下っていく。
「ひかり」だろうか。

Tec100

100系がやってきた。
当時、新車だった100系が来ると嬉しかったものだ。

Tec100_2

100系中間の食堂車とグリーン車。

1985

このあと、クルマを北へ走らせた。
晩秋の播州といえば語呂がよいが、なんとなく悲しい気分の作画になった。
向かった先は北条鉄道だ。

播磨横田駅。

Photo

網引駅の線路。
三セク化されたばかりの北条鉄道は今とは違い、ひっそりとしていた。

19851

網引付近のレールバス、フラワ1985-1。

19851b

雨の少ない播州だが、秋は天候不順なことが多い。

1985_4

法華口に入っていくレールバス、ラッシュ時に差し掛かり2連になっている。

1985_2

法華口に停車する2連のレールバス。
この当時の法華口は今にも崩れそうな駅舎、如何にもローカル線の悲哀を感じさせるものだった。

1985_5

発車していくレールバス・・
通勤の高校生が歩く。
このローカル線風情あふれる・・しかし、先が見込めなさそうな景色を大変革した今の北条鉄道から学ぶものは多い。

1985_6

すっかり日暮れた田園風景の中、ヘッドライトを灯して2連のレールバスがやってくる。
今の華やかさなどおよそ想像もできなかったころである。

(eoブログから新規の加入を中止する旨発表がありました。本ブログもまた・・行先を考えねばならないかもです)

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