そのとき、荷物と一緒に先行した父以外の大家族は山陽電車、電鉄別府駅で下車、電車を下りた途端、目の前を山陽新幹線の列車が派手にパンタグラフからスパークを飛ばして、突っ走っていった。
中学生になったばかりの僕の目には、驚愕の風景だったのは間違いがない。
新幹線そのものは、わが父方の家系が関東方面に縁が深く、幼少の頃より何度も乗車しているが、沿線で走っている姿を、それも間近で見たのは初めてだったのだ。
その電鉄別府駅での新幹線列車、これはその後、10年ほど後の撮影だ。
当時の新幹線電車(まだ0系という系列名はなかった)は16連でパンタグラフを8基上げて、走行音もそうだが、パンタグラフの騒音、また派手なスパークとともに発生する誘導障害が大きな問題になっていた。
当時は新幹線と言えば、同じ系列しかない時代、国鉄入社後も新幹線には電車のような〇〇〇系という呼び名がないことが不思議だった。
ただ現場は形式で呼んでおり、26形とか37形で十分だったのだろう。
鉄道ファン誌では「000系」と記されていたが浸透はしていなかったように思う。
西明石駅で名古屋へ電車を見に一人旅した時のスナップ。
自転車で加古川橋梁を見に行き、まともに新幹線を撮影した初めてのカット。

これ以降、いまだに僕は加古川橋梁には撮影に出かけていて、ここに来る度、自分が歳をとっても変わらないことに、我ながら呆れたりもする。
当時の中学生鉄道ファンのお目当ては「特急」か「機関車」だったから、時に新幹線も撮影する僕は、仲間内でも相当変わった者とみられていたようだ。
同じ形しか来ない新幹線はそれほど、鉄道ファンには人気がなかった。
背景は飯盛山、低い山だが当時から望遠で遠近感を圧縮すればまるですぐ、うしろにあるかのように見えるのが好きだった。
後尾、こうしてみると当時の新幹線はやはりかっこいい。
高御位山を背景に新幹線が行く。
100系が登場して、初代の新幹線電車も「0系」と呼ばれるようになった。
加古川橋梁は空が広く、新幹線車両の車体色とマッチした写真が撮れるので好きだった。
この頃から、自分以外に新幹線を撮影する人に出会うことが増えた。
100系が出会う。
ちょうど片方のダブルデッカーの部分に片方の先頭車が来た。
抜群のタイミングだ。

もうこうなると列車の写真というより空の写真だと自分で苦笑する。
しかし、この100系の出会いを撮影できたことは写真を趣味としていくことに大きな励みとなったのも確かだ。

「グランドひかり」と呼ばれる豪華な編成も登場した。
その中間車、ダブルデッカー4連、JRがまだ、新幹線にも旅を楽しんでもらう工夫をしていた頃だ。
0系にも「ウェストひかり」が登場した。
当初は6連で、のちに12連も登場した。
反面、山陽区間の「こだま」は6連のものも登場した。
サイド・・
100系が走る、背景は当地の名所、石の宝殿だ。
100系のハイデッカー、これは通常の編成だ。

新幹線にさらに新型が登場した。
300系とのことだ。
当初はこの系列のために登場した、「のぞみ」に使われた。

0系から100系への進化はよくわかるが、この300系は山陽区間では何となく影が薄い。

加古川でのサイド。

これは岡山での撮影だ。
ずっとのち、今の地元、長坂での撮影。
こちらは後継に「のぞみ」を譲り、「ひかり」で運用される様子。
西明石。
山陽新幹線と言えば、なんといっても500系だろう。
革新的なスタイルはまさに速さの象徴だ。
登場間もないころ、加古川で見た姿にはしびれた。

サイドビューはことのほか美しい。

当時は2時間毎に「のぞみ」で走っていたかと思う。
西明石駅にて、500系が0系を追い抜く。
500系が300系を追い抜く。

500系とさほど変わらずに登場したのが700系、ただスピードは出ないし、500系の陰に隠れて地味な存在に思えた。
鉄道ファン目線で見ると下膨れの可愛い顔、すっきりとした外観は清潔感に溢れ、決して嫌いな車両ではない。
西明石での700系。

地元、長坂でのサイド。
加古川橋梁を行く。
加古川にて16連の700系。
700系レールスター。
当初、「ひかりレールスター」として登場、ウェストひかりを置き換えた。
後に後継のN700系7000番台の登場によりほとんど「こだま」運用となった。
ただ、個人的には700系はシンプルな方が美しく感じる。
夕陽を浴びて加古川を渡る。
明石川を望むショッピングモールから。
地元長坂での様子。
923形新幹線電気軌道試験車・・愛称「ドクターイエロー」
700系ベースで開発された高速試験車で、ネット時代になってある程度運行が予測できるようになり、撮影チャンスが増えた。
加古川、飯盛山背景。
夕陽を浴びて走る。
西明石駅、先輩の500系と並ぶ。
新幹線で最も人気がある組み合わせだ。
雨模様の夕方、同じシーンでも印象が変わる。
N700系。
JR東海が「700」をブランドイメージにしたいそうで、700→N700⇒N700A⇒N700Sと進化、私鉄並みにN700系は770系とすれば分かりやすい・・・かな??
長坂で一瞬の出会い。
西明石で先輩500系を追い抜く、

加古川での一瞬の出会い。
江井ヶ島にて、風がなく水鏡になった日。
N700系7000・8000番台。
九州新幹線開業用で、「みずほ」「さくら」「つばめ」のほか、山陽区間の「ひかり」「こだま」にも使われる。
写真表現するには何とも難しい水色の車体だ。
日没後の江井ヶ島を行く。

日没、ずいぶん経過してまもなく夜になるころ、加古川を行く。
まるで夜行列車の趣だ。
別府で山陽電鉄と並んだ。
500系は「こだま」に転用され、JR西としての遊び心が加えられるようになった。
エバンゲリオン塗装。
長坂。
明石川。
新神戸でN700系と500TypeEVAが並ぶ。

ハローキティ。
長坂。
加古川橋梁。
基本的に、僕が新幹線を撮影するのは姫路から新神戸の間の地元が大半だ。
地元の街を駆け抜けるその姿が好きなのかもしれない。
数度、地元以外で撮影したことはあるが、いずれも他の鉄道を訪問する「ついで」で、新幹線のために遠方へ撮影に出かけたことはない。
僕にとって高速で突っ走る新幹線は、あの別府の駅で見た衝撃を今も引きずっていて、それがまたカッコよく感じるのだ。
そして今、一番ハマっているのは、「こだま」で走る500系だ。
編成は短くなったが、なんだか地元のスーパーアイドルのような気がするから不思議だ。
西明石にて。

長坂。
江井ヶ島。
畑の中を走る・・・
伊川谷の丘の上を走る。
夜の西明石にて。

高砂市と加古川市の境に位置する名峰、高御位山を背景に・・
ドクターイエローが行く。

500系こだまが行く。
新幹線よ、どうかこれからも速くて安全な、庶民のスターとして活躍してくれることを念じながら。
