2017年09月23日

117系営業運転開始の日

昭和55年1月22日、今調べるとこの日は火曜日で、当時の国鉄は特に人集めにも熱心でなく、いや、むしろ混雑を避ける意味合いだったのか、平日に画期的な電車の運行を開始した。
僕は高砂工場を年休で休ませてもらい、鷹取工場の数人と大阪駅9時15分の始発新快速姫路行きのホームにいた。

なおこの日のことは以前のこのブログに5年前に出しているが、今回はその当時のネガが出てきたことで、周辺の写真も含め紹介していきたいと思う。
以前のエントリーは以下だ。
http://kokutetu.seesaa.net/article/443745255.html

大阪駅ではテレビカメラも砲列をなし、マスメディアの高い関心がうかがえたが、当時の僕は人が多い場所を極端に避けていて、先頭車両のところへ行くことはなく、ただ、一般の乗客に交じって新しい「黄色の丸印」に並んでいたように思う。
乗車前の風景。
乗客の服装がきちんとしているのに改めて驚かされる。
窓から車内の転換クロス、そしてよく見ると灰皿の姿も。
S54大阪駅117系一番列車1.JPG

快適かといわれればそうだろうし、でも正直、乗り心地は当時の新快速の中でも乗り心地の良かったクハ165と大差がないように思えた。
定刻で走り出した列車は当時の渋滞気味のダイヤにより、前方を甲子園口行き103系に抑えられ、大した速度が出ない。
やがて、甲子園を過ぎると列車は加速し、本来の100キロという速度が出るが、この時、ステンレスでできた荷棚が共振する。
153系では座席下のヒータカバーが共振していたが、あちらはシャンシャンという優しい音だったのに対し、前後に揺れる荷棚の揺れ方は見た目も音も大げさに思え・・
当時、国鉄内部の私鉄ファンという立場を貫いていて、阪急2800・6300、京阪3000を見ていた眼には「なんじゃこりゃ・・」だった。
だが、車体の大きな国鉄サイズゆえ、座席の幅もピッチも非常にゆったりしていて、それが木目調の妻面、すっきりまとめた天井とともに、国鉄精いっぱいの頑張りにも思えた。
姫路で下車するときの車内。
天井からは117系運行開始のポスターが。。
S54姫路駅117系1番列車車内.JPG

正面のサイド。
ピカピカの車体、国鉄らしいといえば国鉄らしいが、それでも国鉄ゆえの風格あふれる独特の正面形状。
すでに何度も試運転を見ていた僕には珍しいものではなくなっていたが、かっこいい!!と思わせるものが確かにあった。
S54姫路駅117系一番列車サイドとホーム.JPG

連結面、近郊型電車には違いないが、自信たっぷりの妻面といえば言い過ぎだろうか。
S54姫路駅117系一番列車妻面.JPG

寒い晴天、ピカピカの新車だ。
よく見ると写真の背景には播但線が。

157系を思わせる正面デザインだが三次曲線の窓ガラスの開発により、シャープで引き締まった印象となった。
塗装はいかにも関西らしい茶系の落ち着いたもの。
見る限り、かっこいい、男前の電車だ。
S54姫路駅117系一番列車折り返し回送.JPG

編成の中心、モハ117-1。
S54姫路駅モハ117-1サイド.JPG

ホーム端に陣取った鉄道ファンの前を新しい時代のツートンカラーが滑る。
S54姫路駅117系折り返し列車回送発車モハ117-2.JPG

鉄道ファンのカメラの放列を浴びる。
横にはマニやキハの姿が。
S54姫路駅117系一番列車折り返し回送ホーム先端.JPG

列車が転線する。
当時の国鉄は折り返し駅ではほとんどきちんと転線していた。
見送る鉄道ファン、今から思えばささやかなものだ。
S54姫路駅117系一番列車折り返し回送ホーム先端ファン.JPG

転線した列車が再度入線する。
S54姫路駅117系一番列車折り返し入線.JPG

こちらはモハ116-2。
S54姫路駅117系一番列車折り返し入線モハ116-2.JPG

クハ117-1、新幹線の高架、現場の詰め所。
S54姫路駅117系一番列車折り返しクハ117-1.JPG

DE1074が待機していた。
播但・姫新線にはまだ客車列車もあったころだ。
S54姫路駅DE101074.JPG

折り返しの新快速は京都行きだった。
当時の新快速はは30分ヘッドに姫路・京都間、60分ヘッドで西明石・草津間、さらに60分ヘッドで西明石・堅田間がダイヤの基本だった。
ただし、西明石は折り返し列車と、上り一本の区間新快速とでもいうのか、西明石で普通から新快速に変わる列車しか停車しなかった。ちなみに当時の基本的な停車駅を上げると、姫路、加古川、明石、神戸、三ノ宮、大阪、京都、大津、石山、草津、それに、西大津、叡山、堅田だった。
所要時間は京阪間29分、阪神間(三ノ宮基準)24分、最高速度はダイヤの設定上では東海道区間110キロ、山陽区間100キロだったと思う。
実際には頻繁に110キロ運転は行われていたが、電車線(内側線)走行という制約から、前を抑えられ、速度が出せない状況もあった。

しかしこのころの新快速は、僕にはちょうど良い速度で走り、必死で飛ばす阪急・阪神とは違った魅力があったのも確かだ。
(今は全く逆になってしまったが)

数人で語り合いながら乗車したが、今思えばもっと純粋に楽しめばよいのにと思うくらい、この電車の良いところ悪いところをまじめに論じあったものだ。

転換クロスは非常に快適で、いろいろ批判もしても結局、僕はこの電車を大好きになったことは間違いがない。

京都駅着。
横の103系は日中はここで休んでいた。
S54京都駅117系一番列車到着.JPG

長手で見ると、103系が正面を突き合わせているのがわかる。
117系の堂々とした雰囲気はすでに京阪神間の王者の貫禄すらあった。
S54京都駅117系一番列車到着俯瞰.JPG-thumbnail2.JPG" border="0">

跨線橋から眺めた京都駅。
広大な留置線の向こうに奈良線キハ35が止まる。
まだ朱色一色塗になっていないキハ35は、軽快で美しかった。
手前にはEF58の姿も。
S54京都駅奈良線キハ35.JPG

いよいよ117系も廃車が進行し、残るは京都、岡山、和歌山に少数だけとなってしまった。
国鉄電車の最高傑作といっても過言ではないこの系列を、心から愛する僕にはなかなか寂しいことだ。

最後は数年前の京都駅。
原色117系と京都駅ビル。
117系原色京都.jpg

posted by こう@電車おやじ at 20:06| Comment(4) | 国鉄の思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月05日

箱作・淡輪付近、正しく緑の南海電車

僕は小学校の終わりの2年間を南海沿線で過ごした。
だからか、南海電車には地元の山陽・阪急・阪神・神鉄などと同じくらいに愛着があるが、かつての緑色が特に大好きで、鉄道写真を初めてごく初期のころから南海電車、それも南海線を何度も訪問している。
今回はそのうちで沿線の白眉ともいえる箱作・淡輪付近への訪問の記憶だ。
時期的には昭和54年ごろから何度か訪問し、最後は「サザン」運転開始の頃だったように思う。

南海といえば何をおいても1001系で、かつての11001系が昇圧改造をしてできた系列だ。
湘南型二枚窓の正面に、長い車体、一座席一枚の正方形に近い下降窓がずらりと並ぶ側面、そして秀逸な薄緑の車体に濃い緑のライン、いまだに湘南型デザインとしての最高峰であると信じている。
1004Fによる「四国号」
南海箱作1004.JPG

四国号は和歌山港より2両が座席指定だったが、自由席も同じ転換クロスで、座席確保以上の意味はなかった。
ただ、当時の南海特急はいつも混んでいて、指定席にもそれなりの需要はあったようだ。

こちらは1003による「四国号」
南海箱作1003.JPG

下り「四国号」車番不明。
南海箱作1001系1.JPG

「特急」には座席指定がなく、全車が自由席で、1001系の運用が多かったがその1001系は4本24両しかなく、7001系や7101系の運用もかなりあった。
南海箱作1001特急編成.jpg

その特急の後追い、駅は淡輪だろうか。南海尾崎1001系.JPG

特急、1001系。
南海箱作.jpg

「臨時四国号」、盆や年末年始には「四国号」が全車指定席となり、その救済のために全自由席の臨時が運転された。
南海箱作1001臨時四国.jpg

大阪湾と「臨時四国号」。
南海箱作N臨時四国1001正面サイド.jpg

側面、1001系の端正な側面デザインは、格調高くそれでいて軽快な印象もある。
南海箱作N1103サイド.JPG

後追い。
関西の鉄道車両デザインとしては、この1001系(←11001系)、京阪3000系、阪急6300系がまさに王者といえるのではないだろか。
南海箱作N1001臨時四国後追い.JPG

たぶん、尾崎だと思うが1001系の「四国号」
南海尾崎1001系.JPG

当時の南海線はこの1001系24両のほかは7001系と7101系しか存在しなかった。
だが、これら通勤車両もまたいかにも南海テイストの効いた美しい車両だ。

7902、なぜに南海はこの美しい色合いを捨て去ったのだろう。
南海箱作7902.JPG

冷房化前の7942、側面の二段窓が、普通にデザインされた通勤車両ではないという印象を持つ、美しい電車。
南海箱作7948.JPG

7001系7904、急行。
南海箱作7904.JPG

7902急行。
南海箱作7902 (2).JPG

原形7903、普通。
南海箱作7903.jpg

大看板の7001系急行。
南海箱作7001系アップ.jpg

こちらは大看板の普通。
南海箱作7001系5.JPG

7001系普通。
南海箱作7001系普通後追い.jpg

7015のサイド、美しい側面を持つ通勤車両だ。
南海箱作N7015サイド.JPG

7101系による急行。
下降窓を採用した7101系は近代的で、これまた美しい車両になった。
南海箱作7101系.jpg

霧が漂う小橋梁を7101系が行く。
南海箱作7101小橋梁.jpg

7101系普通。
南海箱作7101系1.JPG

7954を最後尾にした7101系急行。
南海箱作7954.JPG

特急「四国号」が「サザン」に代わって、その頃に一度だけここを訪問している。
緑のサザン、この色合いの格調高さは近鉄や阪急、京阪にも負けないと思うのだが。
南海箱作NN10902サザン.jpg

数年前に一度だけ、南海は7001系と10000系を緑色塗装に戻し、人気を博した。
写真は萩之茶屋だが、この時の人気ぶりを見ても、南海はやはり緑ではないのかと僕などは思ってしまう。
南海7037萩之茶屋緑復元.jpg

「さざん」の格調はこの緑でこそ発揮される。
南海10904萩之茶屋緑復元.jpg

最後に1001系1904の側面を。
湘南型のサイドビューは端正な小窓と高い屋根のデザインも相まってセクシーさすら感じる。
南海箱作1904.JPG

posted by こう@電車おやじ at 22:43| Comment(2) | 関西私鉄の思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする