以前、写真プリントよりスキャンしたモノが殆どだが、いまだ未公開のものもあり、以前、出したものも当時の未熟なシステムでの加工なので今一度、ここにそのネガすべてを出すことにした。
昭和58年ごろの別府港駅構内。
別府港の駅舎。
中学生が鉄道を見に行くと、冷たい麦茶を出してくれた思い出がある。
別府口駅の時刻表。
朝は早いが最終は18時半・・利用者の動向が読み取れる時刻表だ。
別府口駅の注意書き。
別府口駅から坂井方向を眺めたところ。
いまもこの道路は存在するが周辺は住宅密集地になっている。
坂井駅と時刻表。
土山線列車。
DB201とハフ7、この路線の貨車がないときの標準だった編成だ。
ハフ7のアップ。
列車の後尾。
撮影していると居合わせた同好の方から「臨時が走るようだ」と教えてもらった。
いきなり、キハ101が・・大勢の小学生を乗せてやってきた。
当時、まだこの辺りには「別府小学校」しかなかったから、この学校の生徒が鶴林寺にでも行った帰りだろうか。
列車が終点に向けて走る・・・が・・・
後ろにキハ2が連結されていた。
なんで??
と思うまもなく列車は目の前を過ぎる。
大勢の小学生を乗せた列車が別府港へ入っていく。
一瞬、何が起こったのか理解できぬままに・・それでも本能的に撮影は続けていた。
列車はまもなく駅に到達する。
すぐに折り返し、上りの臨時便・・つまり回送だ。
その次のキハ101に乗って野口へ向かう。
車内の様子。
車窓風景。
こちらはたぶん別の日、それも冬場の土山駅。
発車を待つDBとハフ7、それに貨車だ。
ハフ7の車内。
別府港にてハフ7からDBの活躍を見る。
別府鉄道の線路跡は大半が今に残る・・
山陽電車をくぐる部分。

途中の円長寺駅跡では、キハ2が保存というか放置されていたが、近年、地元の方々による補修作業が行われている。

ただ、屋根周りの状態が悪く、それを補修するための資金をクラウドファンティングで集めている。
(2017・6現在)
https://readyfor.jp/projects/kakogawa-befu-kiha2rescue
このグループのメイン記事には誤りが多くあったが、現地を訪問し、代表の方とお会いして、それらの間違いを修正していただいた。
協力される方が一人でも増えることを願うものである。