名鉄揖斐線の電車たち。

名鉄揖斐線についてはこれまでも何度か紹介しているが今回はその決定版?としたい。 前回のこの路線記事もまた参考していただければと思う。 なお、美濃町線・岐阜市内線についても近く再再度、取り上げる予定だ。 僕が頻繁に名鉄の岐阜地区600ボルト線区に通うようになったのは昭和54年以降で、今回は770形が登場する以前を取り上げたいと思う。 このころの揖斐線車両は、どちらかというと車両も近代的だった美…

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昭和59年、紀勢本線岩代への旅

以前に少しだけ出したことのある岩代駅だけれど、今回はその時の旅の模様をアップしたい。 昭和53年、紀勢本線の西側が電化開業となり、急行を除く列車が電化された。 今回の写真は僕がこよなく愛するシンガーソングライター、谷山浩子女史の「夢半球」というアルバムが発売された後のことで、このアルバムが昭和54年11月5日の発売、画面に写るEF58牽引客車列車の電車化が昭和61年ということだからこの間の撮影…

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色とりどりの名鉄神宮前・昭和52年

昭和52年、飯田線を見に行った帰り、神宮前駅でしばらく名鉄の電車を眺めた。 その時の飯田線はこちら。 このころ、名古屋鉄道=名鉄の電車はまだスカーレット統一がなされず、本線系は3種類、岐阜地区の路線もそれぞれに個性的な色合いを魅せてくれていた。 当時の岐阜地区の様子などはこちら。 さて、神宮前・・今とは違い、広々とした空気感を感じられるターミナルで、電車の撮影にもうってつけだった。 なお、写…

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可部線その後。

前回エントリーでは72系電車全盛の可部線を特集したけれど、今回はその後の様子。 昭和59年と63年の様子で、この間に国鉄はJRとなった。 72系から105系への置き換えは、1両の電車も可部線用に製造することなく、103系を転用改造した105系、それに福塩線105系の運用合理化と先頭車改造により捻出した105系、宇部線運用合理化により転出させた105系で行われた。 広島付近、福塩線カラーの…

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主役交代時の福塩線。

福塩線の前回エントリーでは阪和線から70系が転入し、70系ばかりになった写真を出したが、今回は昭和51年2月もしくは3月の撮影ということになる。 国鉄が初めてローカル区間用の新製電車、105系を登場させたのがこのとき、その最初の投入線区が福塩線だった。 20メートル3ドア、ロングシートというこれまでの新性能車両にない、新しいカテゴリー、しかも、制御器はこれまでのMM'方式を見直した1M方式、…

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