JR化直後の北海道、昭和62年6月。

昭和62年、国鉄の休職期間が終了し、それまで勉強がてらお手伝いさせてもらっていた写真屋も、これ以上学ぶことがなく、結局辞めてしまい・・それではと心機一転、専門書の書店の社長に勧められるまま入社したものの・・どうも自分の思う方向ではない気がして・・たった二日勤めただけで辞めてしまい、その日の夜、大阪駅から急行「きたぐに」に飛び乗ってしまった。 とりあえずの行き先は北海道・・そんなときの写真だ。 …

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函館市電、昭和54年9月。

初めての北海道旅行の際、僕と友人のO君が訪問した先は、札幌・函館の市電、定山渓鉄道の軌道跡。それに札幌・千歳周辺の国鉄線で、後で思えば北海道らしい雰囲気のところへはほとんど行けていなかったけれど、今回エントリーの函館市電などはかえって、この時期に訪問した自分を誉めてやりたい気持ちになるから不思議だ。 ただ、訪問から時間がたち、撮影した場所はほとんど記憶になく、当時の日記と書籍によって書き進めて…

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若鷹号と若鷹寮(国鉄鷹取工場)と嵯峨野観光鉄道19世紀ホール。

まず、最初に読者の方へご連絡です。 本ブログを閲覧する際、画面に正しいレイアウトが表示されないトラブルがあると伺いました。 この様な場合、プラウザの「互換表示」をONにしていただけますようにお願いいたします。 (IEの場合、上部メニューバーの中の「ツール」に互換表示設定があります。) **************** さて、僕が国鉄、関西鉄道学園の技能者養成課程である「工作一科」を卒業した…

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北陸鉄道小松線・石川線・金名線・浅野川線

写真屋に入ったばかりの頃だから昭和62年の秋か・・ 北陸鉄道をじっくりと見たくて、金沢の宿から北陸線の始発に乗って西金沢駅に降りた。 そこから丸一日、北陸鉄道の当時残っていたすべての路線に乗り、写真を撮影した。 そのときと、そのちょっと後に友人O君と連れ立って出かけたときの記録だ。 まずは廃止公告こそ出ていなかったものの、能美線廃止直後で、こちらも次には廃止だろうと思われていた小松線から。 …

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