阪神赤胴(急行系)の記憶。

阪神電鉄の特急・急行に使われている電車といえば、今でも各駅停車に使われる青系カラーのジェットカーシリーズとは全く異なった、ある意味では開き直ったとでも言えようか・・ 朱と肌色の電車がカーブの多い路線を加減速を繰り返しながら突っ走るというイメージだ。 このシリーズは阪神電鉄では「急行系」と呼ばれるらしく、普通電車以外のすべての種別で使われる。 「急行系」であって、「特急系」ではないのが今見ると意…

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12枚撮りに写った別府鉄道

 今回は昭和55年頃か・・12枚撮りのカラーネガフィルム1本に写り込んでいた別府鉄道の写真から。 何故にわざわざ撮影に行くのに、カラーネガ一本だけで行ったのか・・ 当時の自分の行動が疑問だが、別府鉄道は当時住んでいたところから自転車でもいける距離・・ つまりはそういう遊びをしたのかもしれない。 別府口駅は今の山陽電車別府駅=当時の電鉄別府駅北すぐにある簡易な停留所だった。 …

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さようなら交通科学博物館

つい先ごろの4月6日、大阪にあった「交通科学博物館」が閉館し、京都の梅小路に鉄道系博物館が集約されるとのこと、先ほどの関西ローカルニュースでは「義経」号の京都への引越しが伝えられた。 僕は小学生時代は最後の2年近くを除き、大阪市港区に住んでいたこともあり、この施設は少年時代からの思い出がしみこんだ施設でもある上、国鉄時代には一部客車の保守修繕を担当するなどという巡り合わせもあり、今、改めてここ…

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筑肥線電化の頃

記録によると昭和58年3月、福岡市営地下鉄が姪浜まで延伸し、同時に電化が完成した国鉄筑肥線と相互乗り入れを開始した。 今回のエントリーはこの時期の写真で、だから昭和58年の夏から秋にかけての頃ではないだろうか。 (ご指摘いただき、地下鉄と筑肥線電化の時期を間違えていたことが判明しました。謹んでお礼申し上げますと共に訂正させていただきます) まず、福岡市営地下鉄、1000形の斬新なデザインを、…

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札幌市電を訪ねた日。

さて、初めての北海道行きの際に重点的に見たのは札幌・函館の二つの市電と、札幌市内に残る定山渓鉄道の痕跡だった。 以下、昭和56年当時の様子だ。 まず、定山渓鉄道・・・既に昭和44年の廃止から10年以上が経過した鉄道だが、当時はまだ痕跡も見ることができた。 今のように廃線跡のガイドなどもなく、ただ、友人のO君と二人で、古地図と現在の地図を照合して探したものだ。 定山渓鉄道本社、豊平駅跡であ…

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