豊橋の電車・・(その2)豊橋鉄道篇

今回は前回に引き続いて豊橋の電車・・愛知県と静岡県には今も魅力的な電車が揃っているけれど、地味ながら当時も今も健闘しているのが豊橋鉄道、しかも、この鉄道には鉄道線である渥美線と、豊橋市内線・・東田本線(あづまだほんせん)があり、規模は大きくないながらも実に楽しませてくれている。 撮影時期は(その1)と大体同じ頃だ。  鉄道線から。 元々、名鉄の一路線を引き継いだだけあって名鉄色の…

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豊橋の電車たち・・(その1)国鉄飯田線篇。

豊橋の電車たち・・(その1)国鉄飯田線。 豊橋地区の電車のネガがたくさん出てきた。 このブログの順序からすると今回は私鉄の番だけど、画像処理を国鉄側から始めてしまい、今回は国鉄飯田線とさせていただきたい。 なお、私鉄篇は次回に掲載のつもりで画像処理中。 なにぶん、古いネガで特にカラーネガのものは非常に煩雑な画像処理工程を経ないとまともに見ることも出来ない。 今回の部分では古いネガであるにもか…

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昭和49・50年、中学生が見た国鉄。

今、駅のホーム端などで列車をデジカメで撮影する中学生の年頃の少年鉄道ファンを見ていると、自分にもそういう時代があったことをふっと思い出してしまう。 幼少の頃より私鉄が好きだった僕だが、山陽電車の沿線で父が亡くなり、一家はまとめて国鉄の沿線へと移っていったわけで、だから始めてのカメラで撮影したのは圧倒的に国鉄が多い。 当時、無理を言ってkodakの110カメラ=いわゆるポケットカメラを買っても…

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南海電車浜寺公園駅惜別情景(付・諏訪ノ森駅)

南海電車の浜寺公園駅は知る人ぞ知る明治期の木造建築の傑作で、のちに東京駅を手がけることになる辰野金吾博士の第一作だとも言われている。 明治40年7月の完成と記録にはある。 僕が小学生時代、2年間を泉大津で暮らしたのは既述のとおりだが、その頃とてこの駅舎の風格には心惹かれるものはあった。  さて、僕が写真を撮影し始めた当初・・この駅を撮影した写真だ。 駅舎正面・・ 当時の50ミリ標…

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