城下町の赤い路面電車、名鉄岐阜市内線・美濃町線

名鉄の岐阜地区600ボルト線区については過去にも何度も触れているけれども、今回は未公開の写真ばかり、昭和54年ごろの様子だ。 前回の記事、特に岐阜の電車を取り上げた記事は「岐阜の電車」だ。 岐阜といえば、戦国時代の歴史が好きで自分でもいくつか小説を書いている僕には特別な場所でもある。斉藤道三、織田信長、竹中半兵衛、木下籐吉郎といった戦国史を彩る大スターたちが活躍したところだ。先ずはそ…

続きを読む

鶴見線を訪ねたとき

前回記事の箱根登山や小田急を訪問したその翌日、鶴見線を訪問した。だから訪問は昭和54年の夏と言うことになるだろうか。関西人にとっては先ず縁のない路線であり、それでも、ここを訪れる気になったのは旧型国電、中でもクモハ12の存在があったからだ。 当時は私鉄ファンの国鉄マンという立場だった僕だが、旧型国電や気動車は別格で、それは何かしら私鉄との共通点というのも感じることが出来たからかもしれない。…

続きを読む

昭和54年、小田原・箱根湯本。

箱根へは2回行っているが、今回は最初の訪問のときの写真だ。先ずは、しっかりと地域輸送に徹して今も足場を固めている伊豆箱根鉄道。その大雄山線小田原駅。 先頭車の番号が163と読めるような気がする。元々、17メートル級の旧型国電で。相模鉄道2000系を経てここに至った電車だろうか。 こちら、2本並ぶ手前のほうの電車は187と読める。旧型国電2ドアの電車を改造したもので、西武を経てやっ…

続きを読む

城崎にて

今回は昭和55年の城崎から。 タイトルは志賀直哉の名作をお貸しいただく。 城崎駅の北側に小さな山があって、ここから山陰本線を俯瞰したもの。この当時の動画といえば8ミリが圧倒的で、スチールカメラと持ち合わせるには重く、しかも高価で、時にスチールカメラでこうしてコマ撮りのようなことをして楽しんだものだ。ただし、ズームが今ほど一般的ではなかった時代、レンズをガチャガチャと付け替えての撮影…

続きを読む