国鉄高砂工場でのちょっと濃い写真

改めて、古いネガが出てきたのでスキャンした。今回、撮影時に何かテーマを決めた感じではなく、リコーS2というクラシックカメラを骨董品店のようなカメラ屋で手に入れたことからそのテスト撮影と言うか、お遊び的な写真だ。もちろん、露出計などあるはずもなく、フィルム送りもムラがあって、きちんとした絵になっているのは少ないと言う代物だ。 撮影は昭和54年ごろ。一部に写真からスキャンして既出したものがある…

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山陽電車2000系とその仲間たち

山陽電車の高性能化の歴史は昭和31年の2000系から始まる。 戦後の世間をアッと言わせた私鉄界戦後最初の大型ロマンスカー800形の後を受け、カルダン駆動を取り入れ、将来の神戸高速乗り入れ対応も目指したのが2000系だが、性能面での差異はこの系列最後までほとんど変化がなかったのに、その車体形態が激しく変化し、とても同じ系列だと見えなかったシリーズでもある。 さて、僕が写真を撮影し始めた…

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21世紀にキハ20系列を見る。

21世紀もいつの間にか11年を経て2012年になった。その21世紀の、それも10年以上を経た今、僕が国鉄の名車の一つに上げるキハ20系列が今も見られるというのは、これはまさに奇跡だろう。 昨夏と今春、私鉄2社を訪ねたのはやはり、キハ20系列に会いたかったためだ。会えれば由、もちろん乗れればなお由であり、何よりもその姿を見ることを最大事に現地へ向かった。 昨夏に訪問したのは東日本大震災…

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昭和57年4月、名鉄撮影行

国鉄がJRになってその姿を大きく変えたのは読者諸兄のご存知の通りだが、それ以上に、名は変えないまでも大きく変貌した鉄道が名鉄=名古屋鉄道だ。ローカル線の大半を廃止、ゆったりとした座席が特徴だった一般列車を、首都圏の通勤電車のようなロングシートに変え、前面展望が売り物だった特急列車のイメージを大きく変化させた。その良し悪しはここで論じるべきものではないが、あまりにも劇的な変化は、それまでの我々のよ…

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お盆の国鉄高砂工場

旧盆の時期は国鉄は使える旅客車のすべてを営業線に送り出す。これは年末年始でも同じで、増発、増結に出来る限り対処するために、そういう態勢をとっていたのだろう。 ただし、長期在場が必要な更新車や改造車は別だ。 そのお盆の頃の高砂工場の様子。グラウンドから木工建屋などを見た様子。コンクリートの煙突が国鉄高砂工場のもので、赤白の塗装が施されたものは隣の神戸製鋼のものだ。 マニ…

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