日立電鉄線と湊線、常総線

昭和54年秋頃だろうか・・東海道線の大垣夜行で東へ、東京駅から上野駅へ出て常磐線中距離電車の始発に乗り換え、茨城県の大甕を目指した。少々くたびれた401系に乗車して、その速さに驚きながらも、多分、当時の僕は一日で茨城県の3私鉄5路線を見ることが出来るつもりでいたのだと思う。 速い中距離電車はあっという間に大甕に着き(夜行の疲れで寝ていたからそう思ったのかもしれない)ちょうど朝のラッシュ時の…

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鹿児島交通南薩線

正式には枕崎線と呼ぶそうだが、旧社名である南薩線という呼び方が定着していたように思うし、僕らもそう呼んでいた。当時の日本最南端の私鉄であり、関西からは遠かったが、それでも3度ほど出かけたように記憶する。 ここを訪れるときはいつも夜行の「かいもん」で、九州へ発つときは前述のように「阿蘇」で出かけるのが常だったから都合二晩を夜行で過ごしていたことになる。余談だが、一度だけ「まつかぜ」で九州入り…

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昭和53年~60年頃、国鉄九州

僕が九州へ行くときの定番は急行「阿蘇」もしくは「雲仙・西海」だった。最初に九州に行ったときは「阿蘇」で神戸を夜8時過ぎに出て、熊本には朝の9時過ぎに着いたように思う。 今の九州新幹線直通「みずほ」なら新神戸を同じように夜、20時13分に乗車すれば熊本にはその日のうち、23時ちょうどに到着するからまさに隔世の感がある。 けれども、時間を有効に使いたくて、しかも宿代を節約できる長距離急行…

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熊本電鉄

九州新幹線がせっかく開通したのだから、ここでしばらく九州シリーズとしたい。 最初は熊本電鉄だ。 なお、熊本電鉄については親友であり、熊本地方の鉄道研究者の第一人者であるTeddoさんによる「You-enてっどのページ」のホームページに大変詳しく紹介されているので、是非そちらをごらんいただくとして、本ブログではあくまでも「思い出」の類のいつもの雰囲気で進めて行きたい。 熊本電鉄は…

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