片町線と学研都市線

関西でもっとも地味な国鉄線と言えば、特急どころか快速も走っていない、ロングシート電車ばかりの片町線だったことは疑う余地がないだろう。けれども、その歴史は大変古く、1895年開業と言うからすでに116年の歴史を刻んでいることになる。 明治の私鉄の国有化によって国鉄路線のひとつとなった。 この路線は沿線に観光地はあれど地味であり、奈良と大阪を結ぶのは関西線や近鉄がメインであり、人口稠密地…

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昭和53,54年、阪急上牧あたり

阪急電車の高槻と上牧の間は、かつて、日本で唯一、私鉄電車の各駅停車が時速110キロで走ることのできる区間だった。その上牧はこれまた、僕ら鉄道ファンのためにあるような駅で、ここでは阪急はもちろん、国鉄の在来線列車も少し足を運ぶだけで見ることのできる絶好のポイントだったし、駅の真横には新幹線が走っている。 東海道新幹線の一番最初の開業区間として知る人ぞ知るこの駅に通いつめたのは30年ほど前のこ…

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先進の381系電車

国鉄は私鉄に比べると新技術の導入には慎重すぎるほどで、そういう意味ではいつも私鉄より一歩後を歩いているような気がする。けれども、技術研究所を持って新技術の導入に余念のないはずの国鉄が新技術の導入に慎重にならざるを得ないのは、やはり、私鉄と比べるとはるかに過酷な自然条件、それに全国で運用することによる補修部品の共通化という観点から、それは止むを得なかったかもしれない。 それでもときに、目を見…

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京阪電鉄・初代3000系

京阪特急といえば、パノラミックウィンドウのテレビ付3000系。僕らの世代ではこれがイメージだろう。 前にも取り上げたが、今回は先日の8030系(初代3000系)乗車時に撮影した画像も含めて改めて取り上げたいと思う。 阪神間や神姫間には国鉄こそ117系やその前の153系を運用していたけれども、僕らが青春時代、阪急・阪神・山陽の私鉄各社はいずれも、優秀な車両ではあってもロングシートだった…

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青函連絡船

前に北海道のエントリーでも触れたけれど、改めて青函連絡船を取り上げてみたいと思う。 僕ら世代にとって北海道=青函連絡船だった。今のように航空機は一般的な乗り物ではなく、混雑する列車から船へと乗り継ぐのが北海道旅行のまず第一歩だ。このあたりの感覚の違いで世代が分かれるのかもしれない。 「上野発の夜行列車降りたときから、青森駅は雪の中」説明するまでもなく、これは僕も大好きな石川さゆりの名…

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