阪和線

阪和線と僕との出会いは昭和45年ごろになるだろうか。当時、小学校4年生だった僕は父に連れられて阪和線、津久野駅近くの親戚宅に行った。それが始めての阪和線との出会いだろうと思う。 父は当時、何度目かの転職を模索していて、我が家系の関東系の親戚であるこの人のところへ出かけたのだ。件の親戚は泉大津市内で会社を経営していて、そのときにその会社への父の転職が決まったのだけれど、こと会社勤めということ…

続きを読む

VISTAⅡが走っていたころ

子供時代の僕にとって近鉄は、京阪と並ぶ縁の少ない鉄道だ。 大阪で暮らしていたころ、近鉄に乗車したのは数回・・それも一度は小学校の修学旅行で伊勢参りをしたときだから、個人的に乗車したのはあやめ池遊園地へ行ったときと、大阪線の二上にある遠い親戚宅へ父と行ったときと位しか思い浮かばない。電車の色も地味で、小学生には阪急と見分けがつかなかった。 それでも、子供向けの鉄道絵本には必ず出てくる…

続きを読む

可部線ロクサンと太田川橋梁

可部線はかの大日本軌道が敷設した軽便鉄道をその元とした古い鉄道だ。古いと言うのは現在残っている電化区間の話で、可部以北、三段峡までの区間は国鉄が建設した比較的新しい路線である。 国鉄はすでに昭和43年に可部以北、当時の終点だった加計までの区間を廃止するつもりでいたようだが、我田引鉄の時代、翌年には三段峡までの延長が完成してかえってその傷口を広げてしまう。 この路線は私鉄としては最後…

続きを読む