岐阜の電車

美川憲一氏が歌う柳ヶ瀬ブルースは夜の町のイメージではある。(ただし、この歌の原型は伊豆の長岡温泉を歌ったものだとされている) 岐阜の町は、いわば大人の町なのかもしれないなと、今の僕はぼんやりとそう考える。実際に、カラオケハウスの歌詞のバックに流れる映像では、夜の柳ヶ瀬とその前を走る路面電車が登場するものがあり、この映像が流れると、僕などは歌どころではなくなってしまう。 岐阜の町は京…

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特急「あいづ」・急行「ばんだい」

関西で生まれ育った僕にとって関東の、それも東北方面へ向かう列車は縁遠い存在だ。けれど、その中にあっても僕と言う人間のルーツを探る上で、我が家の家系有縁の地を結ぶ列車があった。 それが特急「あいづ」であり急行「ばんだい」だ。 我が祖先は関東、下野の国で苗字帯刀を許された豪農だったそうだ。なぜに名字帯刀を許されたかと言うと、今から400年ほど昔、土地の藩主に金を貸して、藩主がその金を返せ…

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京都市電

京都市電は日本最初の「電車」であり、観光地京都の風景に良く溶け込んでいた。この電車が廃止されたのは昭和53年で、当時、僕は国鉄の学生・・養成工であり、小遣いもそれほど多くは取れなかったから、なかなか京都にいく費用を捻出するにも苦労したものだ。 それでも、昭和50年ごろから廃止までに何回となく足を運び、おっとりとした風情の電車を楽しんだ。 当時、七条や四条、元田中では市電…

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別府鉄道の物語

播州地方における立志伝中の人物、多木久米次郎は明治25年、それまでの家業である魚肥の製作から脱皮し、化学肥料の製造に着目し、製造工場を設立する。この事業は発展し、全国に多木製肥所の名が知られていくことになるが、当時の交通事情では土山駅、もしくは海路を経て神戸港まで製品を運搬しなければ鉄道貨物を利用できず、この不便を解消するために建設されたのが別府鉄道である。開業当時の社名は「別府軽便鉄道」と称…

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山陽電車の懐かしい風景

まずは電鉄兵庫駅の風景です。 harada様からご提供の山陽兵庫駅全景です。 兵庫駅の風景(harada様提供) 今では考えられないレアな車両たち・・最初は貨車からです。 線路の砂利を運ぶクト70です。 …

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