2020年11月20日

しなの鉄道115系を見る

不思議なことから長野県小諸市に自分にとって濃い縁があることが分かり、本年7月以降、特に10月11月は公休日の度に、小諸を訪れる必要性ができた。
もとより、鉄道に関する縁ではないし、趣味活動としていくべき筋合いのものではないが、例えば所用の合間、朝夕などホッとして線路際で電車を見ることも出来る。
ちょうど、しなの鉄道では国鉄→JR東から引き継がれた115系電車が最後の活躍を続けていて、しかも様々な塗色で走っている。
思いもかけず、時として115系電車を堪能する機会ともなった。

11月3日撮影、この日は午後から暇を得、浅間山の良く見えそうな場所で撮影をしてみた。
しなの鉄道標準色の115系と観光列車「ろくもん」が出会った。
1103しなの鉄道平原115系ろくもん・115系.JPG

最初に小諸に行ったのは7月14日、我が地元の西明石から新幹線「ひかり」に乗り、名古屋で「しなの」に乗り換え、さらに長野からしなの鉄道115系に乗って着いた小諸は遠かった。
ここに来たのは若き日、今から40年ほど前のことだ。
上田駅にはコカ・コーララッピングを施された115系が停車していた。
0714上田しなの鉄道115系コカ・コーラ.JPG

実はコカ・コーラの本来の宣伝用ではなく、国鉄が車体ラッピングを始めたごく初期のデザイン広告で非常に人気が高く、わざわざクラウドファンディングを実施して復元されたとのこと。
0714上田しなの鉄道115系コカ・コーラ2.JPG

現地に事情に疎い僕は、この色の意味がよく分からなかった・・・修学旅行電車の復元にしては側面が違う・・・
なんと、台湾鉄路の「フユマ号」カラーだそうだ。
0714上田しなの鉄道115系オレンジ.JPG

小諸駅で、懐かしい・・思わず叫んだ。
かつての長野支社の標準色「あさま色」に塗られた115系。
0714小諸しなの鉄道115系あずさ色.JPG

小諸駅で目の前を湘南色の115系が。
0714小諸115系湘南色2連.JPG

この電車には帰路に乗ることも出来た。
長野駅で。
0715長野115系湘南色3連.JPG

次に小諸を訪れたのは10月1日だ。
だがこの日は小淵沢で所用があり、小海線で小諸に着いたのは夜になっていた。
翌朝、泊まったホテルすぐ近く、朝の時間帯に少し撮影ができた。
小諸駅には標準色の電車と並んで紅い電車が停車している。
1002小諸115系並びコカ・コーラ.JPG

紅い電車はコカ・コーラ電車だった・・朝の長野行きだ。
1002小諸115系コカ・コーラ②.JPG

現場には数人の鉄道ファンがいた。
伺うと、この電車はこの日が最終運行とのこと、その出発のシーンを見られたわけだ。
1002小諸115系コカ・コーラ4.JPG

湘南色115系、長野管内は国鉄時代に115系1000番台に統一された経緯があり、経年も新しく接客設備も整っている車両がそのまま、しなの鉄道へ譲渡された。
それゆえ、今日まで使用に耐えたのだろう。
1002小諸115系湘南色2.JPG

横須賀色、スカ色と呼ばれる塗り分けで、115系としては中央線系統に使われていた。
ファンには「山スカ」と呼ばれる。
1002小諸115系スカ色.JPG

しなの鉄道標準色。
1002小諸115系しなの鉄道標準色.JPG

新型SR-1系が入ってきた。
1002小諸SR1系.JPG

この日、午後は天候が回復した。
午後の暇に・・
小諸南町辺りで・・・
1002小諸南町115系しなの鉄道色.JPG

スカ色電車と浅間山系のコラボ、古城地区の様子も。
1002小諸午後115系スカ色.JPG

10月12日、この日も朝は曇っているというか、ここは山の中腹でもあるので霧がかっているというか・・・

湘南色の3連。
1012小諸しなの鉄道115系湘南色3連.JPG

後追い。
1012小諸しなの鉄道115系湘南色3連後追い.JPG

10月13日、旧しなの色。
1013小諸駅しなの鉄道115系しなの色俯瞰.JPG

標準色、国鉄系の塗装と比べると複雑な塗り分けだ。
1013小諸しなの鉄道115系標準色2連.JPG

山スカ色。
1013小諸しなの鉄道115系スカ色2連.JPG

旧しなの色を駅で。
1013小諸駅しなの鉄道115系しなの色.JPG

11月3日、午後には暇を得、初めて小諸駅から西へ繰り出した。
といっても一駅だが・・
平原の駅舎・・といっていいのか・・この手の駅舎は北海道でよく見た。
1103平原駅.JPG

浅間山が良く見える。
1103しなの鉄道平原115系と浅間山1.JPG

僅か一駅で得られるこの風情。
1103しなの鉄道平原115系と浅間山.JPG

しかし、しなの鉄道標準色はこの色彩の中では目立たない。
1103しなの鉄道平原115系と浅間山3.JPG

この日は標準色しか来ない・・・
1103しなの鉄道平原115系と浅間山3-2.JPG

と、思ったら観光列車「ろくもん」と標準色の車両が出会う。
1103しなの鉄道平原15系ろくもんと浅間山.JPG

115系が行く・・・
1103しなの鉄道平原115系2.JPG

この方向は高峯山か。
1103しなの鉄道平原115系と高峯山.JPG

平原駅を通過するSR-1系快速。
1103しなの鉄道平原SR-1系2.JPG

ついでに軽井沢まで足を延ばしてみた。
行き止まりの線路が悲しい・・・
1103しなの鉄道軽井沢115系.JPG

11月12日、小諸駅に停車する湘南色編成。
1112小諸115系湘南色.JPG

11月13日、小諸のホテルにて。
浅間山を背景に始発電車が長野へ向かう。
1113小諸しなの鉄道始発1115系.JPG

翌11月14日は霧が出て山の姿ははっきりとは拝めない。
湘南色と標準色の編成が行く。
1114小諸しなの鉄道115系湘南色・普通色.JPG

スカ色の編成が来た。
1114小諸しなの鉄道115系スカ色.JPG

この日も午後から晴れた。
小諸駅すぐ近くにて「ろくもん」
1114小諸115系ろくもん1.JPG

後尾・・乗れる可能性のある列車だったがあとの予定のため断念した。
次回機会のある時はぜひ。。。
1114小諸115系ろくもん2.JPG

電車に乗ろうとホームに行くと「あさま」色の電車が停車していた。
思わず小海線ホームまで行って撮影。
1114小諸115系あさま色.JPG
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2020年09月23日

近鉄名阪特急に寄せて

僕はまだ少年の頃から近鉄特急にはよく乗っていた。
それはほとんどの場合、名古屋へ名鉄詣での行き帰りで、名阪特急には本当によくお世話になった。
車内設備が良く、料金の安い近鉄特急は僕らのような貧乏鉄道ファンにありがたい存在だったと言える。
ところが、愛用した近鉄名阪特急だが殆ど撮影ができていない。

よく考えると名阪特急に使われた車両では10100系以降のほとんどの車両を経験しているのに・・である。

名鉄は訪問して撮影する鉄道、近鉄は交通機関として愛用する鉄道・・いつの間にか自分の中での立て分けができてしまっていたような気がする。

だが、近鉄特急は魅力的だ。
国鉄が長年、485系辺りのデザインを漫然と作り続けていた時代にあって、近鉄特急はリクライニングシートは当たり前、駅のホームに特急券自販機が供えられ、次の特急の座席を難なく購入できたことなど、今にも通じる一歩先の特急列車をごく普通に運行していた。

だからこそ、名古屋からの帰りにふと思いたって近鉄特急で帰るなんてことも普通にできたのだし、それは僕にとっては今に続く流れでもある。

僕が初めて近鉄特急に乗ったのは、中学生の終わりの卒業旅行を仲間と計画した時。
列車は12200系でわずか2連、だが、スナックコーナーは営業され、サンドウィッチあたりの軽い食事をとったと記憶している。
写真は難波駅での名阪ノンストップ特急、まさに廃止寸前の様相だった。
名阪特急近鉄難波12200系.JPG

発車、停車のショックがほとんどない素晴らしい乗り心地に、近鉄の偉大さを垣間見た気がしたものだ。


二度目に乗車したのは10100系ビスタカーだった。
スナックカーでの感動未だ冷めやらぬ頃、一人鉄旅で乗車したのだが、緑のチェック柄の化粧板が下天井まで及んでいたのには驚いたが、この列車もスナックコーナーは営業していた。
写真は乗車した10100系。
S51近鉄名古屋10100系ノンストップ貫通.JPG

この時、同じホームには別の列車もやってきていて、10100系、11400系の姿を見ることができた。
S51近鉄10100系流線形.JPG

二階建て中間車でのお別れ風景。
S51近鉄10100系ノンストップ中間車.JPG

11400系、この系列の列車にも乗車したことはある。
S51近鉄名古屋10400系名阪特急.JPG

なんと、ツリカケ時代の名阪特急車が準急に格落ちされて並んでいた。
2250系の異端車2247。
S51近鉄名古屋2247.JPG

2250系のトップナンバー、2251。
S51近鉄名古屋2251.JPG

この時、乗車した10100系はまさに憧れの電車だったが、発車、停車時こそショックはなかったものの、高速運転時には酷く揺れた。
スナックカーの方が断然いいなと思ったものだ。

さて、名阪特急は乗るばかり、でも僅かに撮影したこともある。
長谷寺の様子から。

国鉄の大幅な運賃値上げで乗客が一気に名阪特急に流れ込んできた。
2連で廃止寸前、消えてしまいそうだった名阪特急はひょんなことから息を吹き返した。
サニーカー12400系も投入。
名阪特急近鉄長谷寺12400系.JPG

新世代ビスタカー30000系も投入された。
名阪特急近鉄長谷寺30000系.JPG

その中間部。
名阪特急近鉄長谷寺30000系中間車.JPG

難波行きの名阪特急。
名阪特急近鉄長谷寺30000系下り.JPG

ビスタカ―30000系。
近鉄長谷寺30000後追い.jpg

そして一気に名阪間顧客を挽回すべく生まれた21000系アーバンライナー。
近鉄長島21000系アーバンライナー.JPG

この列車にも登場時に乗った。
素晴らしいアコモに驚愕しながら・・・
近鉄21000難波.jpg

伊賀神戸にて。
近鉄アーバン伊賀神戸.jpg

高安にて・・
0629近鉄アーバンライナー高安.JPG

河内国分。
近鉄アーバンライナー河内国分.jpg

名古屋に入線。
0106名古屋近鉄アーバンライナー入線.JPG

更にモデルチェンジしたアーバンライナーネクスト21020系。
鶴橋・・
近鉄アーバンネクストつるはし.jpg

難波・・
0906近鉄21200.JPG


最近に乗車した21000系アーバンライナー。
010613名古屋近鉄22100系アーバン.JPG

その車内、素晴らしい静粛性とくつろぎの空間だ。
010613アーバンライナー車内.JPG

座席、今のJR特急も新幹線普通車も未だにこのレベルには程遠い。
0106近鉄アーバンライナー座席.JPG

先ごろ、アーバンライナーの後継に「ひのとり」がデビューした。
かなり濃い赤を纏った車体は名鉄のお株を奪い、私鉄界に近鉄ありを宣言しているかのよう。
0902近鉄青山町ひのとり全景斜め.JPG

サイドビューもなかなか魅力的だ。
0902近鉄青山町ひのとり流し.JPG

同じ列車の後ろ。
0902近鉄青山町ひのとり流し2.JPG

だが、なんとなく厳つい感じがする。
0902近鉄青山町ひのとりアップ.JPG

名阪特急と言えば、やはりこの優しさではないのか。
0902近鉄青山町URBAN1・8連.JPG

アーバンライナーのサイドビュー。
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最後にまもなく引退と聞く12200系スナックカーの名阪特急での雄姿を。。
近鉄名阪特急長谷寺12200系.JPG



posted by こう@電車おやじ at 22:31| Comment(4) | 国鉄の思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月08日

列車から前や後ろを見るということ

列車と言うのは、特に長距離列車は、昔は機関車牽引列車が中心だったから、客車から前方を見ることができない。
けれど、例えば路面電車でも運転台横のポールにしがみついて前方の景色を見るのを好む人は、鉄道ファンであるナシ、老若男女問わず存在しているし、特に子供の頃には誰しも思い出のあることだと思う。

走っている列車から前を見たい・・それは人間の本質的な欲求かもしれない。

国鉄では後方の景色を見る車両、展望車が存在した。
前を見られないなら後ろをということでもなかろうが、国鉄客車の展望車は、いわばステータスとしての存在、乗車するのは相応の社会的地位が必要であり、誰しも気軽にと言うわけにもいかなかった。

今、JR西日本に一両存在するマイテ49、その現状を少し。
展望室の室内、洋式であり比較的簡素な室内だ。
マイテ展望室.jpg

外観、網干総合車両所での公開時。
マイテ全景.jpg

回送時の大久保駅にて。
0927土山マイテ4927展望室側全景2.JPG

JR東日本、大宮の鉄博に展示されているマイテの車内。
桃山式の重厚な雰囲気が可能な限り復元されている。
0726鉄博マイテ車内.JPG

大井川鉄道ではマイテを模した改造展望車が存在する。
スイテ82、新金谷にて。
0801新金谷展望客車.jpg

だが、やはり列車の前方を見たい。
運転士の特権でもあるのだが、そこを道楽で、座って出来れば酒でも呑みながら眺めたいと・・それを実現した電車が昭和30年代に登場した。
国鉄では組合運動が盛んで運転席後ろのカーテンを昼間でも閉めてしまって、立ってでも前方を見たい客への配慮など存在しなかった時代にだ。

昭和36年、名鉄7000系パノラマカー、本邦初、前面展望電車の登場だ。
名鉄東笠松7000急行岐阜.jpg

ごく普通に通勤電車にも運用される名鉄の大看板。
国鉄は運転台を上層にあげて151系を登場させたが、まさかのその一階部分を展望席にしてしまった電車、しかも日本車輛と名鉄の良心ゆえの設計、乗客の絶対安全を図るために、ショックアブソーバを組み込んだ標識灯のデザインは、踏切事故多発の時代にあって乗客の死亡事故ゼロの金字塔も打ち立てた。
写真は中京競馬場の保存車。
保存7028展望室ひじ掛け.JPG

展望室の全景。
保存7027展望室室内.JPG

さらに高性能7500系も登場、名鉄は一時期、パノラマカーの我が世の春を迎えた。
名鉄7500急行東笠松正面下り.JPG

7500系パノラマカー営業時の展望室の様子。
名鉄7504車内.JPG

前面を見たい人は、その時の速度も気になる。
スピードを売り物にする名鉄はそこに速度計を設置。
パノラマカー速度計.jpg

今、悔やむことのひとつに、この展望席に夜間に乗り、流れる夜景を見ることをしなかったこと・・・
S55ひがし笠松7000白帯流し.JPG

もしもレプリカでもこの電車が復活してくれたら、日本最強の観光電車になるのにと無茶な思いが募る電車だ。
名鉄7500流し東笠松.jpg

少し遅れて東の小田急でも前面展望の電車が登場した。
NSEの愛称で知られる小田急3100形、こちらは特急券が必要な、いわば「晴れの日」の電車でもある。
晴れの日の家族が記念写真に興じる新宿駅。
S56小田急NSE新宿家族.JPG

冷房機能強化、箱根登山線での様子。
小田急NSE.jpg

西の横綱、近鉄は展望車には多大な興味を持っていたようだが、近鉄は中間車のダブルデッカーを好んだ。
VistaCarの登場だが、そのうちの前面貫通タイプでは助手席側の窓を大きく広げ、前面展望にも配慮した。
国鉄が151系を登場させた翌年、昭和34年のことだ。
近鉄10100C祝園 (2).jpg

昭和55年、小田急では長年、トップの座を君臨してきたNSEに代わってLSEが登場。
1980小田原LSE.jpg

後年の色調変更後の様子。
2005鶴川LSE.JPG

昭和58年、僕も工事に携わった大阪鉄道管理局の「サロンカーなにわ」が完成した。
国鉄伝統の後部展望車を有する7両編成、車体は14系が出自なので側面はほとんど変更されていないが、両端の展望車は大きくイメージを変えた。
これには、車掌室側を編成の内側とし、トイレ洗面所を撤去の上、そこに展望室を設置するというものだった。
サロンカーなにわ完成高砂.jpg

完成時の「なにわ」展望室、ビュッフェとして使えるように厨房機器も備わっている。
新高砂なにわスロフ14703車内展望室web用.jpg

最初の公式試運転。
サロンカーなにわ野口.jpg

最近の様子。
サロンカーなにわ現代大蔵谷駅.jpg

現在のサロンカー車内。
1111なにわスロフ14703車内.JPG

もう片方の展望室、半室になっている。
なにわ展望室.jpg

この時期、12系などを改造した各地のジョイフルトレインで展望室を持つ車両も増えてきた。
写真は「なにわ」と競作になった東京の「サロンエクスプレス」
サロンエクスプレスTOKYO安土.jpg

昭和59年、名鉄はさらに斬新な前面展望車両を登場させた。
8800系「パノラマDX」だ。
機器類こそ廃車にされた7000系中間車のものだったが、世間をあっと言わせ斬新な車体は、従来のパノラマカーの真逆を行く、一階運転台、二階部分に展望室を設けるというものだった。
名鉄8800系2連犬山橋カラー.JPG

その展望室の車内。
ハイデッカータイプの展望室は新たな景観を生み出した。
名鉄8800展望室.JPG

これで名鉄は新たなスタンダードを世間に公表したことになる。
やがてこの車両は中間車を増結、一般の有料特急として運転されることになる。
名鉄8800犬山橋3連.jpg

その翌年、この名鉄の流儀にいち早く飛び乗ったのが国鉄だ。
北海道でアルファコンチネンタルエクスプレスを登場させ、さらに「ゆぅトピア和倉」としてキハ65を使用、85系にぶら下がって運転できるようにした画期的な改造展望気動車が登場。
ただし、国鉄の前面展望はあくまでも運転席を介した展望である。

昭和63年、JR西日本は「エーデル」シリーズを展開し始める。
大出力エンジン、空気バネ台車を採用したキハ65を改造し、定期列車として走らせる。
第一弾が「エーデル丹後」、485系→改造183系に連結可能な気動車で前面展望
エーデル丹後大江.jpg

特急「北近畿」に連結された「エーデル丹後」
エーデル丹後と北近畿.jpg

第二段が「エーデル鳥取」
電化なった山陰線だが非電化区間への直通用として改造された。
エーデル鳥取.jpg

第三段が「エーデル北近畿」
改造工事の手を重ねるごとに、その内容が簡略化されていったのは如何にも国鉄→JR西日本らしいと思う。
中間車には増結用の簡易改造車も見える。
エーデル北近畿丹波大山.jpg

余部橋梁を行く「エーデル北近畿」
餘部遠望エーデル4連 (2).JPG

昭和62年、「みやび」を前年に失っていたJR西日本が究極のお座敷客車、「あすか」を世に送り出した。
サロンカーは中間車になったが、両端の展望客車も存在し、国鉄伝統の後部展望車を現代流に発展させた感じだ。
あすか展望網干.jpg

その展望席。
あすか展望室.jpg

ついでに特徴的な客室も。
1103網干あすかお座敷車内.JPG

トワイライトのもとになったとも思える中間車のサロンカー。
1103網干あすかサロン車内.JPG

昭和62年、小田急は前面と側面双方の展望をいずれも重視したHiSEを登場させる。
小田急HiSE2005B (2).jpg

この車両も画期的な取り組みだったが、バリアフリー化の時代、ハイデッカー構造が障壁となり、結局は早期の廃車の憂き目を見ることになる。
ただし、ごく一部の車両は今も長野電鉄で健在だ。
0715長野電鉄朝陽1000系S22.JPG

つい先日に所用があり長野へ行った折りの空き時間で撮影した。
0715長野電鉄朝陽1000系S2後追い.JPG


昭和63年、本気でパノラマ新時代を考えていた名鉄が「パノラマスーパー」1000系を登場させた。
パノラマDXの構造を基本に、さらに磨きをかけ、また白帯7000系に代わる通常の有料特急としての登場だ。
名鉄1000系4連犬山橋.JPG

登場後ほどなく一般席車と混結となり、当初はSR系と連結して運用された。
名鉄乙川1000・7000.jpg

パノラマカー7000系とパノラマスーパー1000系の連結運用。
名鉄乙川1000・7000斜め.jpg

何度も出している写真だがまさに電車のKISSだ。
名鉄乙川7000・1000.jpg

このあと、パノラマスーパーは3ドアの一般席車1200系と組むように変更され、その後さらに特急政策の変更により余剰となったものは廃車され、今に至るのは前回の記事の通りだ。

パノラマスーパーの現在の展望席の様子を今一度。
010505岐阜名鉄1000展望室.JPG

豊橋駅に着いた時の様子。
010506豊橋名鉄1000展望室.JPG

だが、この後が続かない。
名鉄の前面展望車の歴史は一般席車である5700・5300系にも受け継がれはした。
H2名鉄5700犬山.JPG

運転席後部の展望席。
0106河和5700車内先頭5801.JPG

末期の頃、河和線富貴で5300・5700が並んだ。
名鉄5704・5305富貴.jpg

乗客のための速度計も最後まで現役だった。
名鉄5701速度計.jpg

3500系一般席車にも大きな前面窓が使われ前面展望の名鉄・・は僅かながら生き残った・・
名鉄3500犬山橋2002.jpg

名鉄の前面展望の歴史は現在のところはこれで終わったことになってしまう。
名鉄が誇る空港特急「ミュースカイ」では各車両の客室仕切上部にモニターがあり、案内をしないときはここに前面展望映像とその時の速度が表示されるのが僅かに名鉄が「前面展望」を守っていると言えなくはない。


前面展望車を出さない名鉄に対し小田急はその後も展望室を持つ特急車両を開発している。
平成17年のVSE。
2004小田急VSE町田.JPG

そして得意の連接構造を辞めながらも、名鉄のお株を奪った赤い展望特急GSE。
0224小田急町田GSE1.JPG

いやいや、西の横綱、近鉄でも運転席越しではあるが前面展望を確保した特急車両が相次いで開発されている。
平成2年製造の「さくらライナー」26000系。
1122さくらライナー吉野.jpg

その最前列の様子。
1122さくらライナー運転台.jpg

平成24年の「しまかぜ」
近鉄しまかぜ高安.jpg

展望席は大人も子供も楽しめる空間だ。
かつての名鉄のように特別な料金が不要で誰でもそこを利用できるというのは、確かに理想だろう。
だが、鉄道にはラッシュもあり、そこを考えないとかえって大多数の乗客から迷惑がられるかもしれない。
(名鉄7000・7500系の場合は床面積の拡大という意味においてラッシュにも貢献していたとも考えられるが)
名鉄7500前河和線1.jpg

前面展望のできる電車が並ぶ。
名鉄新岐阜5700急行・7000特急.JPG

パノラマスーパーから展望席から撮影したパノラマスーパー1031F・・
010506①000車内から名鉄1531.JPG

特別料金くらいなら払ってもいい、そこでゆったりと前面展望を愉しみながら、出来れば缶ビールでもゆっくりと味わいたいもの、そんな列車がJRや名鉄にあってもいいと思うのだが。。。
S51パノラマカー先頭展望.JPG


posted by こう@電車おやじ at 22:38| Comment(0) | 国鉄・私鉄双方の思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月04日

パノラマスーパーの32年

名鉄特急と言えば、パノラマカーをはじめとするSR車が沢山の乗客を乗せて濃尾平野を快走するイメージがあるのだが、パノラマカー7000系に白帯車ができた頃から特急専用車の登場が利用客からも会社からも望まれていたのは事実だろう。

パノラマカーで名を馳せた7000系、7500系と言えど通勤輸送を考慮した造りで、展望席・転換クロス・連続窓ではあってもロングシート部分もあり、吊革もついていて、天井からは中づり広告というのでは、小田急や近鉄、東武、西武、南海などの華やかな他社特急に比せばどうしても見劣りしてしまう。

特急専用車としてはすでにキハ8000はあったが、これはいわば例外的な存在で国鉄直通の観光列車、通勤輸送は考慮されていなかった。
パノラマの新時代を目指して颯爽と登場したのが、1000系パノラマスーパーだ。
河和線名鉄1000青空.jpg

時に昭和63年、国鉄が民営化され、真横の東海道本線は本数増とスピードアップ、117系の増備で大きく飛躍しようとしていた。
既に名鉄では昭和61年にJR東海の設立を見越して、新型SR、5300・5700系を出してはいたが、ここは一気に華やかさを身につけてライバルを引き離そうとしたのだろうか。

パノラマスーパー1000系は新時代の名鉄のイメージリーダーとして、中京圏の代表的な鉄道こそ名古屋鉄道=名鉄である証として、さっそうと登場したと僕は見ていた。

その少し前、昭和59年、名鉄には画期的な観光特急が登場していた。
パノラマDX、8800系で、パノラマ7000系の中間車を廃車、その機器を流用して創られた、日本初の二階前面展望室やセミコンパートメントの客室などを持った観光特急だった。
名鉄8800系2連犬山橋カラー.JPG

8800系の車内。
名鉄8800車内.jpg

けれど、名鉄はどちらかと言うと都市間連絡鉄道で、観光需要もあるものの例えば南海の高野山、小田急の箱根、東武の日光のようなわけには行かない。
名鉄犬山橋8800・2連.jpg

どちらかと言うと、近鉄の都市間特急のような車両が求められていたのではないだろうか。

満を持して登場した名鉄らしい特急専用車、それが1000系パノラマスーパーだったと僕は見ている。
他社観光特急に負けない華やかさ、内装のレベルも高く、パノラマスーパーが出て逆にパノラマDXが色あせて見えたのは致し方のないところだ。
名鉄1000系4連犬山橋.JPG

しかし、僕は個人的にパノラマ7000・7500が大好きで、たとえ質素な内装であってもパノラマカーに払う特急料金は惜しくない、そういうファンだったから登場時はまともに乗らなかった。

全席指定、8連もの特急が河和線を走る。
名鉄1000系8連.jpg

当時から名鉄特急は「たまたま来たのが特急だから仕方なく料金を支払った」人が多いとされていた。
自由席特急に相当する「高速」なんて種別もあったし、急行も頻繁に運行され、そのほとんどがSRによる運行だったから、時間に余裕がある人は特急をやり過ごせばいいんだろうけれど、急いでいるときはそうもいかない・・
名鉄の特急料金は今も昔も他社に比すれば随分安いけれど、無理に払わされる乗客から見れば、高い安いも問題ではないのかもしれない。
切符以外の料金を取る列車が来てしまった不運と思う人もいただろう。

パノラマスーパーになって、一般席のSRとの差が大きく、乗ってしまえば満足感もあるだろうが、やはり名鉄は都市間連絡鉄道だ。
やがて、名古屋本線でパノラマスーパーに一般席のSRを連結した運転が開始、そしてその一部指定席と言うやり方は乗客に大好評を持って受け入れられた。
名鉄乙川1000・7000斜め.jpg

だが官庁からの指摘もあり、編成として一般席・特別席とした特急の営業方針の大変革が行われる。
雑多な車両を連結していた楽しませてくれた名鉄特急の短い時代は終わり、統一されたデザインで編成美を魅せるパノラマスーパーの新時代に入っていった。
名鉄1000・1200木曽川堤.jpg>

支線直通特急には3連化された8800系パノラマDXも使われた。
名鉄8800鵜沼.jpg

最後に8800系に出会った時、支線の特急用途で使われていた。
名鉄8800知立2008.jpg

支線直通用パノラマスーパーとして1600系も登場した。
パノラマ7000に対する7700のような存在だろうか。
名鉄1600系犬山橋.jpg

パノラマと言うにはなんだか厳つい、でも男前の電車だ。
名鉄1600系犬山橋 (2).jpg

やがて全車特別車特急が中部空港用「μスカイ」を除き全廃され、なんとパノラマスーパーに大量の廃車が出て、その機器を再利用して通勤電車を作るという・・名鉄ファンの僕には信じられないことを見せた名鉄。
5000系を名乗るこの車両からは、かつての名鉄のステータスを感じることは全くなく、僕にとっては受け入れるのに時間がかかったが、やわらかな曲面で構成されたフロントデザインや、大人しい色合いに今では好んで撮影する車両になったのだから鉄道ファンなどと言うのは当てにできないと自分で思ってしまう。
010504岐南名鉄5007.JPG

残存するパノラマスーパー1000系は更新され、色合いは名鉄と言うより京急のそれに近くなった。
だが、嫌いではない。
新しい名鉄特急のイメージとしてとても良いデザインであるとも思う。
0322熱田名鉄1000リニューアル.JPG

1600系は、2200系に合わせ3両編成のうち1両をまだまだ新しいのに廃車、残る2両を2200系一般席車である2300系と連結して走るようになった。
そして系列名は1700系になった。
1122名鉄舞木1700・2230・3200系特急.JPG

だが、この姿もすでに一部廃車が出て2200系に置き換えられ、残る車両の命脈も尽きようとしているという。
(ちょっとパノラマスーパー大量廃車の頃から名鉄はあまり車両を大事にしなくなったような気がして、その点がファンとしてはとても残念だ)

それでは、パノラマスーパーの写真を眺めていきたい。
パノラマカー7000系との併結。
名鉄乙川7000・1000.jpg

日本を代表する前面展望2車種の豪華な特急。
名鉄乙川1000・7000.jpg

東笠松を通過する併結特急。
名鉄1000東笠松.jpg

5300系と1000系・・
なんと、一般席車は2両のみだ。
名鉄東笠松1000+5300.jpg

乙川にて5300系との連結。
名鉄1000・5300.jpg

新鵜沼にて。
上り向きで二本並ぶ。
名鉄1000横顔新鵜沼並び1991WEB.jpg

青空とパノラマスーパー。
河和線名鉄1000サイド青空.jpg

木曽川堤にて1000系、後ろには1200系一般席車が繋がる。
名鉄1000木曽川堤WEB.jpg

後追い、1200系。
5700系とは異なり3ドアの車体を採用したことがラッシュにも対応でき、この電車の寿命を延ばしたように思う。
名鉄1200木曽川堤2002.jpg

知立だろうか。
名鉄1000知立2002.jpg

舞木付近を行くパノラマスーパー1000・1200・1800系による8連特急。
増結用1800系を後ろにつないでいる。
名鉄1000・1200・1800舞木.jpg

こちらも8連特急。
0322舞木名鉄1000原色.JPG

ここからは最近3年以内の写真だ。
金山に入る1800系。
0106金山1800系.JPG

1200系と6500系が並ぶ。
0321金山名鉄1200・6500.JPG

旧塗装の1000系。
0322熱田名鉄1000.JPG

JRの尾頭橋から眺める。
雨模様の夕刻、パノラマスーパーが走ってくる。
尾頭橋名鉄1000旧色20180321.jpg

岐南で・・1703特急、この編成の特別車はすでに廃車になった。
010504岐南名鉄1703.JPG

最後の旧塗装車、1131F、7500系の機器を再利用した最後の編成だったが。パノラマスーパー1200系必要本数のリニューアルが終わったときに廃車になった。
010504岐南名鉄1131上り.JPG

名鉄岐阜へ入る1131Fの一般席側。
名鉄1131F1431名鉄岐阜20180809.JPG

パノラマスーパー展望席から見た1131F。
010506①000車内から名鉄1531.JPG

パノラマスーパーがリニューアルされたことは、僕に少し安心感をもたらしてくれた。
塗装が変わっても走ってくれるなら何よりだ。
それに、新塗装もよく似合っていると思う。

ライバルJR311系、2200系と並ぶパノラマスーパー。
0321金山名鉄1000リニューアル・2200・JR311.JPG

塗装変更時の新旧連結。
0322下地名鉄1200・1800連結部.JPG

新塗装、1200系一般席側。
藤川にて。
0322藤川駅名鉄1200リニューアル.JPG

名電山中、パノラマスーパーが行く。
0322名電山中名鉄1000リニューアル俯瞰.JPG

後追い。
0322名電山中名鉄1200リニューアル俯瞰後追い.JPG

神宮前、2200系とパノラマスーパーの並び。
名鉄1000・2200神宮前.jpg

東笠松駅跡、1700系最後の春。
0402名鉄東笠松5・1701.JPG

パノラマスーパーの雄姿。
0402名鉄東笠松8・1000系.JPG

舞木付近にて、大雨の後。
0322藤川南名鉄1000 (2).JPG

島氏永、1000形サイドビュー。
0402名鉄島氏永15・1012.JPG


パノラマスーパーの車内。
010505名鉄1000車内.JPG

展望室。
010506豊橋名鉄1000展望室.JPG

展望室を上り口から見る。
010505岐阜名鉄1000展望室.JPG

1200系一般席。
20180830名鉄1200車内.JPG

1700系車内。
20190106内海名鉄1700系車内.JPG

パノラマスーパーがある限り、僕は名鉄に通い続けるだろう。
そのあと、どうなるかはもはや誰にも分らず、期待の新型パノラマが出るか、それとも2200の天下となるか・・
ともかくその時まで、せいぜい楽しんでおきたいと思う。
パノラマスーパー、どうか少しでも長く生き残ってほしいと願いつつ。
0321尾頭橋名鉄1000サイドアップ.JPG
posted by こう@電車おやじ at 20:11| Comment(2) | 名鉄の思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月03日

阪急6300系への想い

このブログでも僕はずっと、僕にとっての最高の「電車」と言えば、登場順に南海11001系(→1001系)、名鉄7000・7500系、京阪3000系(先代)、阪急6300系、国鉄117系であると公言してきた。
既に南海、名鉄はなく、京阪は富山に車体だけ移籍したものが残るだけ、国鉄は急速に数を減らし今や岡山と京都に塗装を変えた数本ずつが残るだけという有様である。(JR西日本が117系を改造して長距離列車を作り上げていて、イメージはとても良いとは思うが、僕が愛した関西急電色の新快速117系ではない)
その中で阪急6300系は、阪急電鉄の担当者にも深く愛されているようで、嵐山線に3編成、「京とれいん」に1編成が残り、まだ恵まれているのかもしれない。
だが、やはり僕にとっての6300系はずらり並んだ転換クロス、京阪間ノンストップのサービスであり、観光用、観光路線用と言うのは確かに好きな電車で今もわざわざ見に行くくらいだけど、心の底から僕が惚れ込んだあの時代、いやそのあとの、6300系が苦手な中間駅停車を担当するようになり如何にも苦労して走っていたあの時代でも、「特急」の表示を見れば、それだけでも元気が出る・・そんな電車ではないことは確かだ。

今回、特急用としては末期にあたるデジタルデータ、また一部プリントを取り出してみて、今でも会いたくて会いたくて仕方のない6300系特急の雄姿を思い起こしていきたいと思う。
まず、淀川を渡る夕景。
阪急夕景6300 (2).jpg

カッコいい!
心からそう思える電車。
美しい、心底惚れることのできる電車。
気持ちの良い、いつ乗ってもそう思えた電車。
どんな風に撮影しても、絵になる電車。
それが僕にとっての6300系だ。
阪急淀川夕景6300系編成(小.jpg

まず6350F、栄えあるトップナンバー編成だ。
20082008年の崇禅寺での崇禅寺でのカット、かつての崇禅寺もまた大阪市内よは思えぬ、緑豊かな心地よい駅だった。
2008阪急6350崇禅寺.JPG

その後追い。
2008阪急6450崇禅寺.JPG

2002年、桂にて、6350。
2002阪急6350桂.jpg

後追い。
2002阪急6450桂.jpg

こちらは2010年10月撮影、6連に短縮されても生き残り、オンシーズンの嵐山線直通用に走っていた頃。
梅田で。
20100503阪急6350臨時特急梅田.jpg

この一月後、このカットを撮影したくて十三に行った。
20101129十三阪急6450臨時特急全景.jpg

接近する。
この時が特急用原形の6300を見た最後かもしれない。
20101129十三阪急6450臨時快速特急.jpg

6351F、6300系特急末期のデータを探してみてもこのワンカットしか出てこなかった。
もしかしたら、最末期には一足早く嵐山線仕様への改造が進められていたのかもしれない。
2002年、南方で。
2002阪急6451南方.jpg

6352F、梅田折り返しの情景。
2008阪急6452梅田.JPG

崇禅寺。
2008阪急6352崇禅寺.JPG

後追い、梅田へ向けて走り去る。
2008阪急6452崇禅寺.JPG

6353F、この編成も特急末期にはあまり出会えていない。
上新庄にて。
2008阪急6353上新庄.JPG

6354F、今「京とれいん」で活躍する編成だが、特急時代のカットを。
2008年、梅田に進入。
長い編成は如何にも6300系だ。
2008阪急6354梅田.JPG

接近する。
2008阪急6354梅田進入.JPG

この電車に乗って桂へ。。
去り行く特急。
2008阪急6354桂.JPG

6355F、この編成からは新しいのに一足先に廃車されてしまった。
2002年、高槻市か・・
2002阪急6455茨木市.jpg

2008年の崇禅寺。
2008阪急6455崇禅寺.JPG


高槻市進入。
2008阪急6455高槻市.JPG

6355と6356が並んだ。
6300系ファンには狂喜するような光景だ。
2008阪急6355・6356高槻市.JPG

6356停車の風景。
2008阪急6356高槻市.JPG

南方で6356と5317がならぶ。
2008阪急6356・5317南方.JPG

6356、上新庄通過。
2008阪急上新庄6356.JPG

6357F、高槻市。
2008阪急6357茨木市.JPG

崇禅寺にて、対向の普通電車車内から。
2008阪急6357崇禅寺・淡路間.JPG

桂駅進入。
2008阪急6357桂.JPG

茨木市。
2008阪急6457茨木市.JPG

桂停車。
2008阪急6457桂.JPG

2008年、その桂で、嵐山線用となった6351Fと、間に5315を挟んで並ぶシーン。、
6300系特急最末期の様子だ。
2008阪急桂6357・6351・5315.JPG

6330F、6300系最後の増備車で7300系と合わせた編成になり、車内のつくりも美しさを増し、好きな電車だったが、意外にも撮影するときはなかなか来ず、用事で乗るときによく来てくれた電車だ。
2002年の南茨木にて。
2002阪急6430南茨木.jpg

後追い、梅田側の先頭パンタはこの編成だけだった。
2002阪急6330南茨木.jpg

電車は走り去っていく。
6300系で最も短い命だった編成だ。
阪急の電車は長生きが普通だが、この編成は僅か25年の命でしかなかった。
2002阪急6330南茨木Ⅱ.jpg

その後の6300系・・・
2011年末、正雀に留め置かれていた6350F、休車の札がかかっている。
20111224阪急正雀6350休車.jpg

車庫の裏側から・・復活してほしい・・その願いも虚しく、6350以外の車両は解体されてしまった。
残る6350の復元、保存を心から願う。
2011122阪急正雀6450休車.jpg

6351F、嵐山線桂での様子。
2008阪急桂6351.JPG

2009年の松尾。
20090530阪急6351松尾.jpg

2014年末、6352F、雪の松尾で。
20141218阪急6352松尾.jpg

6353F、この日はものすごい雪だった。
20141218嵐山阪急6453.jpg

桜の松尾、2013年。
20130401松尾阪急6353.jpg

6354F、「京とれいん」に抜擢された幸運な編成。
梅田へ入線。
当初は扇形のヘッドマークはなかった。
阪急6354入線梅田.jpg

十三にて6354。
0427十三19阪急6354京とれいん.JPG

十三へ進入、6454。
0427十三7阪急6454京とれいん.JPG

同じく十三にて。
0427十三18阪急6354京とれいん.JPG

「京とれいん」としての運用を終え、回送で正雀へ戻る6454。
この電車だけがかつての栄光を感じさせてくれる。
0104淡路阪急6454京とれいん回送.JPG

だが、6300系「京とれいん」も先行きはかなり不安でもある。
十三のホームドア工事により十三通過の「快速特急A」限定で運用されているが、阪急は全駅へのホームドア設置を目指していて、淡路高架完成時には間違いなく、運用を外されるとみている。
すでに「京とれいん」は、7000系の「雅楽」編成も完成していて、車体幅の問題から神戸線に入れない6300系とは異なり全区間で運用が可能、ホームドアにも対応している。
外観も6300系のイメージを上手に引き継いでいるし、内装はさらに凝っている。
この編成がもう一本あれば6354Fに存在意義がなくなってしまう。
20190427十三阪急7106京とれいん.jpg

名鉄7000・7500なき今、JR117系が原色で走らなくなった今、阪急6300系の残存4編成は富山で走る京阪3000系とともに僕の心を癒してくれるあの頃の憧れ、その最後の存在でもある。
セミクロス化されていてもいい、豪華な観光列車でもいい、6300系よどうか、一日も長く走ってほしい・・
その願いが天に届けと思うこの頃だ。
阪急淀川夕景6300系サイド1.jpg

夕景の中を走る梅田行き特急をこの文の〆としよう。
阪急淀川夕景6300系下り方サイド.jpg
posted by こう@電車おやじ at 20:28| Comment(2) | 関西私鉄の思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする