祝園あたり、昭和50年代。

近鉄京都線と国鉄片町線が並走する、国鉄の祝園、近鉄の新祝園辺りが面白そうだと、何度か撮影にいった。 よく行く大阪線の長谷寺付近とは異なり、特急列車も短編成だったが、狭幅特急車も走るなどの面白みはあった。 10100系、新ビスタカーの奈良特急。 18000系ツリカケ特急車。 18200系、ミニエースカー。 18400系ミニスナックカー。 通勤車両も近…

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昭和57年、伯備線電化後の布原

伯備線、電化直前の布原での様子は以前にこのブログで紹介した。 「電化直前の布原付近」 今回は電化後、二か月ほどしてからの訪問だ。 昭和57年9月と手元の記録にはある。 前回がモノクロばかりでやや結果に不満だったこともあり、今回はコダクロームを多用、また、モノクロのトライxも使っている。 コダクロームのASA(今のISO)64だと、今の撮影条件だと列車には厳しいが、当時は明るい短焦点…

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京福電鉄福井支社

今、「えちぜん鉄道」となっている京福福井だが、昭和50年代当時はとても元気な鉄道だった。 僕が訪問するのはいつも福井鉄道のついでになってしまっていて、まともにきちんと記録していないのが今思えば残念極まりない。 だが、京福福井には南海や後に阪神の車両も転属していて、決して素通りできる鉄道ではなかったのである。 それ以上に隣の福井鉄道が今も昔も絶大な個性を誇っているというわけだ。 昭和5…

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南海電鉄貴志川線の1201形

貴志川線については以前に取り上げたが、まだこのブログ初期段階で不十分の感は否めず、改めてここで取り上げたいと思う。 「南海電鉄貴志川線」が600Vで1201形が走っていた時代だ。 南海1201形といえば昇圧前の南海本線における2001系、11001系と並ぶスター的存在だが、均整の取れた美しいデザインは旧型電車の最高峰と称してもなんら言い過ぎではないと思う。 その1201形が貴志川線…

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名鉄舞木の今昔

名鉄に舞木検車場という巨大な検修施設ができていたのは知っていた。 それがかつての鳴海工場を移転したものであることも知っていた。 だが、Facebook上で友人たちとのやり取りで、その場所が名電山中の近くだと言う。 迂闊なことに、僕はこの施設が鳴海か安城辺りの何処かにあるものと思い込んでしまっていたようだ。 名電山中と言えば、かつて僕が訪問した名鉄沿線でも好きな場所だった。 ただ、再…

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