岩木山と弘南鉄道

昭和56年9月だと思う。 友人のO君と北海道・東北へ旅行をした。 その帰路、弘前に立ち寄った。 東北の大手私鉄と呼ばれた弘南鉄道弘南線を見るためだ。 当時の弘南線は、この直前まで存在していた多彩な電車たちが、一気に東急出自の電車に置き換えられた後で、面白みはなくなっていたが、それでも、現地の電車を見るととても嬉しかったものだ。 定山渓亡き後、今も純粋な私鉄としての日本最北の電車でもある…

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阪堺電車住吉・神之木辺り

夏の阪堺電車、窓を開け放して活躍していたころ、本稿の撮影年代は「こうや号」30000系が登場し、阪堺501形が冷房電車となっているので昭和55年夏だと思う。 まずは上町線神之木電停辺りの雰囲気から。 帝塚山と住吉の間にあって、下町情緒いっぱいの街中で、当時ここで下車したのは京阪電車の顔をお店に使ったレストランがあったからだと記憶している。 153号。 昭和2年生まれの古豪。 …

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鉄道車両の車内いろいろ

僕が国鉄時代には客車の車体偽造、特に内外装の仕事をしていたことは折に触れて書いたけれど、今回、一気に可能な限りの車両内部の写真を掲載する。 ただ、系統立てるのも面倒だし、論文ではなくあくまでも趣味の世界であるので、シャッフルしてぐちゃぐちゃの状態で見ていただいたほうがおもしろいと思う。 まずは103系冷房装備車の車内。 リニア・鉄道館に保存のモハ52. そのクモハ52…

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117系営業運転開始の日

昭和55年1月22日、今調べるとこの日は火曜日で、当時の国鉄は特に人集めにも熱心でなく、いや、むしろ混雑を避ける意味合いだったのか、平日に画期的な電車の運行を開始した。 僕は高砂工場を年休で休ませてもらい、鷹取工場の数人と大阪駅9時15分の始発新快速姫路行きのホームにいた。 なおこの日のことは以前のこのブログに5年前に出しているが、今回はその当時のネガが出てきたことで、周辺の写真も含め紹…

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箱作・淡輪付近、正しく緑の南海電車

僕は小学校の終わりの2年間を南海沿線で過ごした。 だからか、南海電車には地元の山陽・阪急・阪神・神鉄などと同じくらいに愛着があるが、かつての緑色が特に大好きで、鉄道写真を初めてごく初期のころから南海電車、それも南海線を何度も訪問している。 今回はそのうちで沿線の白眉ともいえる箱作・淡輪付近への訪問の記憶だ。 時期的には昭和54年ごろから何度か訪問し、最後は「サザン」運転開始の頃だったように…

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